第6話 剣を抜く理由
夜の宮廷街は、昼間とは違う顔を見せる。華やかな商店街も店は閉まり、人通りは少なくなっていた。
リリアは黒いマントで姿を隠し、薬屋が立ち並ぶ通りを歩いていた。
毒を扱える者は限られている。しかも、それなりの専門知識と、材料の入手経路が必要だ。
「この辺りか……」
リリアは一枚の紙を取り出す。昼間の騒ぎの後、床に散った紅茶を調べた際に見つけた毒の特徴をメモしたものだ。虹色の膜を作る毒薬――そんな特殊な毒を調合できる者は、さらに限られるはずだった。
「あの……」
突然、後ろから声をかけられる。振り向くと、小さな少女が立っていた。
「この薬屋さん、知りませんか?」
差し出された紙には、見覚えのない薬屋の名前が書かれている。通りの奥にあるはずの店のようだ。
「ごめんなさい。私もよく分からなくて」
「そうですか……」
少女は残念そうに肩を落とす。その手には、薬の入った瓶を握りしめている。
(具合の悪い人がいるのかな……?)
「待って!私も一緒に探してみましょう」
リリアは少女を呼び止めた。
「本当ですか!?」
少女の顔が輝く。その表情に、リリアは思わず微笑んでしまう。
(エステル様も、きっとこんな風に声をかけるんだろうな……)
二人で通りの奥へと進んでいく。人気のない路地を曲がると、古びた看板を掲げた薬屋が見えてきた。
「あ、ありました!」
少女が駆け出そうとする。だがその時、リリアの直感が警鐘を鳴らした。
「危ない!」
リリアは咄嗟に少女を抱き寄せる。背後から放たれた投げ針が、二人のいた場所をかすめていった。
「逃げて!」
少女を通りの方へ押しやり、リリアは剣を抜く。暗がりから、黒装束の男たちが現れた。
「まさか、餌を追ってくるとはな」
一人が不敵に笑う。どうやら少女は囮だったようだ。
(甘かった……!)
「なるほど、お前が王女様付きの護衛か。邪魔されて困っているんでな」
男たちが武器を構える。その数、五人。素手なら対処できる人数だが、全員が剣を持っている。
「おや、黙ったままか?それとも、何か言い残すことでも?」先頭に立った男が嘲るように笑う。
リリアは静かに答えた。「いえ、むしろあなたたちには感謝を伝えたいところです」
「何?」
「もっと時間がかかると考えていましたが、こうして自ら現れてくれるとは」
その言葉と共に、リリアは剣を構えた。今の彼女は、普段の控えめな様子はない。まさに、最強の剣士と呼ばれた時の姿そのものだった。
「これで手がかりが掴めます。エステル様を狙った者たちが、どこにいるのか――」
リリアの声が夜闇に消えた瞬間、戦いは始まった。
二人の男が両脇から斬りかかってくる。リリアは後ろに跳んで距離を取り、彼らの動きを見極める。動きは荒いが、それなりに訓練は受けているようだ。
「まあ、五人もいれば、誰か一人くらい話してくれるでしょう」
その言葉に男たちの表情が強ばる。が、もう遅い。リリアの姿が消えていた。
「上か!?」
見上げた先で、月光を浴びた剣が輝く。リリアは宙を舞うように回転し、最も近い男の剣を弾き飛ばした。
「くっ!」
次の瞬間、リリアの剣が月光のように閃く。一人、また一人と、男たちの武器が宙を舞う。戦いは、ほんの数秒で決した。
「さて」
リリアは最後の一人を見据えた。彼は仲間たちより年若く、明らかに動揺している。
「話し合いましょうか」
その言葉に、男は震える手で懐から小瓶を取り出した。
「近づくな!何も話すわけには……!」
男は小瓶を自分に向けていた。
「待って!」
リリアが止めようとした時、何かが暗闇から放たれ、小瓶を弾き飛ばした。それは細い投げ針だった。
男は驚いて辺りを見回すが、すぐに意識を失って崩れ落ちる。どうやら投げ針に麻酔が塗られていたようだ。
リリアは暗がりを見据えた。誰かが自分たちを見ていた。
しかし姿を現すことはなく、気配が消えた。
地面に刺さった投げ針を見ると、そこに小さな紙片が巻かれていた。それには一枚の地図と、「明日、夜明けに」という文字が記されている。
「……協力者?……どう考えるか……」
リリアは紙片を握りしめた。エステルを守るため、そして真相を突き止めるため、いずれにせよ、彼女はその誘いに応じるしかなかった――。
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