第五節:勝利者の選択と余韻
巨大スクリーンに映し出された最終スコアが消え、会場を包む光は、一瞬にして闇へ沈んだ。
どこからともなくわき起こる拍手にも似たざわめき──その中心に、根岸 千夏は立ちつくしている。
数時間前まで無名の新鋭と揶揄され、浅いだの勢いだけだのと批判されていた自分が、いまや勝者としてライトを浴びているのだ。
会場の隅では、スタッフのひとりが淡々と片づけを進めていた。
観客席めいたブースも撤収の気配をはらみ、何ともいえない虚脱感が漂う。
そんななか、根岸は自分の胸をそっと押さえ、「本当に、私が勝っちゃったんだ」と息を呑んだ。
ネット上ではすでに歓喜と怒号が入り乱れたコメントが舞い、同時に多数のアクセスが殺到しているらしい。
「根岸 千夏」の名前が一夜にして世界中に拡散され、賛否含めてあらゆる人間の目にさらされているのだ。
だが、静かな痛みと罪悪感は依然として消えない。
「……ほんとに、これでいいのかな」
小さく吐き出したその声が、誰にも聞かれないまま床に落ちていく。
思い返してしまうのは、かつて同じ空間にいた作家たちの姿──最初の衝撃だった神代、そしてその後に姿を消した面々。
自分以外の誰もが「脱落」という名の罰を強いられ、巻き込まれ、消えていった。
しかし、根岸はやがて震える唇を噛んで、スマホを握りしめる。
「あたし、逃げない……これがあたしの“生きていく道”なんだよね」
たとえあの主催者が歪んだ方法でこの“デスゲーム”を仕組んだとしても、自分の書いた“人間ドラマ”が多くの読者の心を揺さぶった事実は否定できない。
SNSをちやほやされるためだけに文字を綴ってきた自分が、命を賭して見つけた一つの答え──そんな思いが、今の根岸を支えていた。
遠くで拍手とも嘆息ともつかぬ音がやみ、ステージの中心には虚空だけが取り残される。そこに浮上するのは“優勝者”としての称号と、すさまじいほどの世間の注目だった。しばらくしてから、根岸は静かにうなずく。
「受け止めるしか、ないよね……」
胸の奥に広がる痛みをかみ締めながら、彼女はまっすぐ先を見据える。
いまさら身をすくめていたって、デスゲームは終わったのだ。
犠牲になったすべての作家に対して、自分ができることは書き続けることしかない。その結論が、根岸の瞳に淡い炎を灯した。
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