第二節:デスゲームの主催者登場
モニターに映し出された投票数が止まったその瞬間、まるで合図でもあったかのように会場の照明が一斉に落ちた。
残るのは仄暗い非常灯だけ。月代、守屋、そして根岸の三人は、次のアナウンスを待ち構えるように固唾をのんでいた。
わずかに聞こえる呼吸音と、何かが軋むような不穏な物音だけが、耳の奥に不安を増幅させる。
突如、壇上のスクリーンが微かに点灯し始め、そこに黒いフードを被った人影が映し出された。
その人物は低く抑えた声で「ついに最後の審査が終わりましたね」と静かに告げる。
声が響くと同時に、スクリーン横に設けられた仮設ステージのカーテンが動き、同じ姿のフードを被った人間がすっと現れた。
会場の作家たちは思わず身を引く。だが、恐怖と緊迫に支配された空気の中で、そのフードがゆっくりと取り払われると、そこにいたのは意外なほど知的で整った面立ちの初老男性だった。
月代はその顔を見て、わずかに目を見開く。
会合で見かけたことがある気がするが、誰だったのか思い出せない。
守屋は「だれ? 知ってる人?」と小声で根岸に囁くが、根岸も首を横に振るだけ。その男性は会場を見渡すように一歩前に出ると、胸のあたりで両手を組み、静かに笑みを浮かべた。
「いやあ、まさかこうして皆さんの前に姿を現す日が来るとはね」
張り詰めた空気の中に、まるで独り言のように響く声音。
月代は心臓を掴まれるような感覚を覚えながら、その男の唇が再び動くのを待った。
「まずは、おめでとうございます。このデスゲームを完遂し、最後の最後まで筆を折らずに戦い抜いた三人。正直、ここまで読者を熱狂させるとは思いませんでしたよ」
その声には皮肉めいた抑揚はなかったが、その瞳にはどこか残酷さが滲んでいる。
さらに男は続ける。
「わたくしの名は――もっとも、ここでは『主催者』と呼ばせてもらおうか。そのほうがしっくりくる。あなた方にはずいぶんと楽しませてもらいました。血を流しながら、自分の心も剥き出しにして書く姿を、この目で見たかったのです」
守屋は憤りを抑えきれないかのように「楽しんでた…って、どういうことだよ」と声を荒らげるが、男は軽く肩をすくめただけだった。
「さあ、あなた方も気づいているでしょう? このプロジェクトの背後に、古い文学界のしがらみとは無縁の大きな力が動いていることを」
そう言いながら、男はあくまで穏やかな表情のまま、スクリーンに手をかざす。すると、そこに神代 泰蔵と写っている古い写真が投影された。まだ若いころの神代と、肩を並べる男の姿。
「神代先生とは長い付き合いでした。そう、かつては私たちも“次代を担う才能”と謳われていた仲間同士だった。だが、彼はいつしか“老害”と呼ばれるほど権威に縋るようになり、若い才能を鼻で笑う存在になってしまった。残念ですが、あれでは文学界は変わらない」
月代の胸に、神代が脱落したときの光景が甦る。
あれほどの大御所を、まるで切り捨てるように排除してみせたのは、この男だったのだ。
男はそのまま言葉を続ける。
「出版不況だなんだと言われて久しい。読者はマンネリに飽きて、目新しい作品を求めている。なのに、古い権威と形式ばかりをありがたがって“良し”とする界隈が幅を利かせてきた。そんな世界は、もう変革が必要だ。若い読者を掴むのは誰なのか。本物の熱量を持った作家が、真に命がけで書いた作品ならば、どれほどの衝撃を与えられるのか……。私は、その結果を見たかった」
息を呑む守屋の横で、根岸が小さく息をつく。彼女は思わずつぶやくように言った。
「じゃあ、神代さんが最初に落とされたのは……あなたが最初から仕組んでたってこと?」
「もちろん。それに、あれほどの大御所が最初に負けるというニュースは、刺激的だったろう? 実におもしろかったよ。あの傲慢な老人が“異世界もの”を書けないまま沈む姿は」
その言葉に、怒りとやり切れなさが一瞬にして混ざり合い、月代は思わず拳を握りしめた。
「あなたは……何者なんですか? 神代先生を“旧時代の象徴”だなんて」
月代が必死に声を振り絞ると、男は再び優雅に笑みを浮かべる。
「私は文学界の裏側をよく知る者、そう思っていただければいい。芥川賞や直木賞、そしてこの国の文学ジャーナリズムの動きだって、ある程度はコントロールできる立場にいると言えば分かりやすいか。なあに、神代先生とはかつて一緒に語り合った仲だよ。だが彼は変わらなかった……自分の名声を守るばかりで」
その瞬間、深く静かな笑いが男の喉から漏れ、壇上から会場の隅々まで奇妙な振動が走る。守屋は「ふざけるな……!」と睨みつけるが、男は微動だにしない。
「これで最後まで来た三人。月代、守屋、根岸。それぞれ素晴らしい作品を仕上げてくれた。この続きがどうなるか、私もとても楽しみにしているよ。何せ、文学の新しい歴史がここから始まるのだから」
そう言った男の声が急に掠れ、スピーカーがノイズを出したかと思うと、スクリーンがぱちぱちと明滅し始める。
まるで次の衝撃的発表に備えるかのように……。
月代たちは身をこわばらせ、嫌な汗をかきながらモニターを凝視する。
男は最後に一言、「神代も気の毒だったが、あれは古い世界を捨てられなかった敗者の姿だ。さて――あなたたちが新しい時代の象徴になれるかどうか、見せてもらおう」とだけ告げ、壇上の光が再び闇へと沈んだ。
“主催者”を名乗るこの謎の男が、いったいどこまでを計画しているのか。
三人の作家は言葉もないまま、ただ心臓の鼓動が激しく鳴るのを感じる。
それまでの推測がすべて覆されるほどの闇が、この会場に渦巻いているのだと悟りつつ――彼らは、ついに残された命を賭けた最終結果の宣告を待つしかなかった。
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