蠢く真実と終幕

第一節:最終審査 ─ 大逆転への序曲

最終審査の朝。ネット上には投票数を示す棒グラフがリアルタイムで上下し、作家たちの心を翻弄していた。

デスゲームの最終テーマ「人間ドラマ」を書き上げた月代、守屋、そして根岸の三名は、それぞれが死と隣り合わせの恐怖を意識しながらも、どこか妙に落ち着かない面持ちでモニターを見つめている。 

廊下を挟んで隣り合う執筆ブースには、三人の空気感がはっきりと分かれたまま漂っていた。


 月代 祐紀は椅子に腰かけ、静かに呼吸を整えている。

モニターに映るのは、読者コメントの数々。総じて専門家や文芸ファンが絶賛する声が多い。 


「月代さんの『破れた繭(まゆ)の、朝』、あまりにも深い……」

「こんなに読み応えのある人間描写、久しぶりに読んだ」 


そうした好意的意見が半分を占める一方で、「もう少しドラマチックなカタルシスがほしい」「技巧ばかり先行している」と厳しい書き込みもある。 


月代は画面越しに罵声にも似た否定的コメントを目にして、ふと視線を落とした。 


「あえてストレートに書いたつもりだけど……まだ“技巧派”に見えるんだね」 


彼女は自嘲気味に呟く。

だが、脳裏には自分が完成させた作中作の、一節一節がありありと浮かんでいる。


<< 生まれた家が何より重荷だった。愛されているふりをすることが、いつしか習慣になっていた── >>


 そこから始まる“青年の孤独”と“創作への渇望”が渦巻く物語を思い出すと、胸が詰まる。

いまさら読者ウケを狙おうとしても仕方がない。

この“破れた繭の、朝”に込めた自分の本音が届くかどうか、ただそれだけを願っていた。


 守屋 漣は、その向こうの控室で、落ち着きなく行ったり来たりを繰り返している。

 「はあ……ネット投票は伸びてるけどさ、“泣かせにきてる”って言われて恥ずかしいんだよな」 

そう呟く横顔は、自分でさえ見たことのない不安を帯びている。


彼の作品『僕は笑うために、泣いたことがある』は爆発的に票を集めていた。

特に若年層が「こんな感動をくれるなんて」「守屋先生って、単に面白いだけの人じゃなかったんだ」と沸き立っているのだ。 

ただし、批評家筋からは「少し狙いすぎ」「演出がベタ」と手厳しい感想もちらほら。

守屋はその評価を見ながら、苦笑混じりに鼻を鳴らす。


<< 芸人を目指していた父の背中は、笑っていたはずなのに、どうしてあんなに寂しそうだったんだろう。俺は、笑いに救いを見たかったんだ。だけど…… >>


 書いた本人にしてみれば、あそこまでさらけ出すのは人生で初めてだった。

普通なら使わないようなシリアスな語り口を綴りながら、自分自身の過去と向き合った。

守屋は手のひらを見下ろす。まだ自分の指先が震えている気がした。 


「みんな、『泣いた』って言ってくれてるけどな……やっぱ、オレには場違いかな、こういうの」 


そう呟いてモニターを再び見やると、守屋ファンがコメント欄を埋め尽くしていた。彼は少しだけ安堵の笑みをこぼすが、その目はまだ怯えを拭えずにいる。


 そして、根岸 千夏はスマホを握りしめながら、「#きらめきの裏側」のハッシュタグを眺めていた。

すでにSNSを中心に“根岸先生、本気出したら凄い”という声がバズり始め、投票数も急上昇を続けている。 


「嘘みたい……あたし、ほんとに書いちゃったんだよね」 


声を震わせながら、コメントをスクロールしていくと、以前は見下していたアンチすら「今回のはガチだった」「もう浅いとか言ってゴメン」と謝罪に近い感想を投げてくるほどの変わりようだ。


<< 通知音が鳴るだけで、生きてる気がした。だって、ほんとの私はすごくちっぽけで……SNSで承認されることでしか、自分を好きになれなかったから── >>


 あの冒頭から始まる物語は、根岸自身が恐れてきた過去にまっすぐ向き合う形となった。 


「……怖かった。何もかもバレるような気がして。でも、“いいね”ばっか追いかけてた自分が、やっとこれを書けたんだよね」 


呟く口元は微かに笑みを浮かべているが、その瞳は今にも泣きそうに潤んでいた。


 そんな三人の得票動向は、目まぐるしく変化している。

専門家や文芸志向の読者を中心に支持される月代は、安定した高評価を得ているものの、SNSなどでの爆発力には欠ける。

対して守屋は、これまでの“ギャグ&ライトエンタメ作家”というイメージを覆し、ネット投票が絶大。

コメント欄には「笑いと涙がこんなに融合するなんて」と大興奮の声が溢れている。

そして根岸は、当初こそ「荒削りすぎる」と揶揄されたが、じわじわと“共感”の波が広がり、新たなファン層を巻き込んで得票数を急伸させていた。

特に若い読者たちが「リアルな孤独」「自分のことみたい」と涙を流しているのだ。


 管理画面に表示されるグラフは、月代と守屋の拮抗を示していたが、根岸の折れ線がゆっくり、しかし確実に二人に近づき始める。

「これ、まさか……」

主催者側のスタッフがざわつき、その様子を察した守屋が苦い顔をする。

「月代さんと競り合うかと思ってたけど……根岸が予想以上に伸びてるんだよな」 月代は小さく息を吐き、「根岸さんが本気を出すと、こんなにも強いんだって……」と呟くと、少しだけ笑みを浮かべた。

根岸はもちろん、その動きに気づいていないわけがない。

SNSで“#きらめきの裏側”が急上昇していることを確認し、「こんなこと、書いてよかったんだよね……」と自分を鼓舞するように囁く。


 最終発表直前。投票の締め切り時間が迫っているにもかかわらず、得票数はなお増え続けていた。 

「月代VS守屋」という声が根強いなか、突然“根岸、覚醒!”みたいなツイートが拡散され、根岸の名前がさらに勢いを増している。


 「最後に笑うのは誰なんだ……?」 


誰とも知れぬ囁きがビルのロビーを満たす。

カウントダウン表示の秒針が“0”を指した瞬間、場内が凍りついたように静寂へと沈んだ。 


今ここにいるのは、三人の作家と、その行方を見守る主催者の影。果たして最終決戦で勝つのは圧巻の技量を誇る月代か、意外な感動を提示した守屋か、それとも若き根岸の奇跡の一手か。

どの行方もまだ決まっていない。 

張り詰めた緊張感のなか、次に浮かび上がる得票グラフが――死と隣り合わせの「大逆転の始まり」を告げようとしていた。

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