最後のテーマ - 人間ドラマ

第一節:最終指令の告知

絶えず漂う暗い静寂のなかで、三人の作家はそれぞれ椅子に腰を下ろしていた。

月代は手元のノートを握りしめ、守屋は落ち着きのない視線を床と天井とに行き来させる。

根岸は深く息を吐き、目を閉じてじっと考え込んでいる。


 やがて静かに照明が落ち、スクリーンが淡白な白光を放つ。

スピーカーから流れる主催者の声は、慇懃でありながらどこか底冷えのする響きを帯びていた。


「では、最終テーマを告げます」


 月代が息を詰め、守屋は唇を強く噛む。

根岸はスマホを指でなぞるが、今この閉ざされた場所でSNSに頼ることなどかなわない。

スクリーンに浮かんだ文字を見つめ、三人の表情が同時に強張った。


「人間ドラマ――。あなた方自身の人生を、この小説に投影していただきます」


 主催者の言葉は淡々と続く。

聞こえるのは、月代の微かな鼻息と守屋がごくりと喉を鳴らす音、そして根岸が椅子をわずかに揺らす振動だけ。

まるでこの瞬間、三人を取り囲む空気が見えない刃となって迫ってくるようだった。


 「各自、それぞれが歩んできた道。そこに宿る悲しみや喜びを、今回の作品に余すことなくぶつけてください。ジャンル要素は不要。むしろあなた自身の心を、生々しく曝け出すことが求められます。評価と投票の結果……1位の方のみ勝ち抜きです。それ以外の作家は、言わずともお分かりですね」


 部屋を包む重圧が、これまでとは桁違いのものになっていると月代は感じた。

華やかなファンタジーも、軽妙なコメディも、今この場で成す術はない。

神代や高森が消えていった記憶が蘇り、胸が軋む。

しかしここで怯えていては生き残れない。

彼女は静かに目を閉じ、使い込まれたペンを握り直した。


 一方、守屋は笑顔を取り繕うかのように口の端を引き上げようとするが、それがわざとらしく歪んでいるのが自分でも分かっていた。

コメディアンさながらに軽口を叩いてきたが、今回はそれが通用しないかもしれない。

彼は唇を引き結び、視線を宙に投げる。


 根岸は握りしめたスマホをそっと机に置いたまま、やりきれないような息を吐く。いままでSNSの拡散力でどうにか最下位を逃れてきた。

だが「自分自身」を書くとなれば、軽く飾り立てるだけでは許されない。

彼女はスマホの画面を伏せ、まるで誰にも見せない秘密を腹の底に溜め込むように下を向く。


 主催者はそんな三人を見下ろしているかのごとく、揺るぎない声を落とす。


「本当の言葉で勝負をしていただきます。このデスゲームの最後にふさわしい作品を――どうかお書きください。皆さまの“人生”こそがテーマです。締切と文字数は従来どおり、詳細は追って通知します。……それでは、健闘を祈っていますよ」


 会場の照明が薄暗く戻り、スタッフたちの気配が奥へと引いていく。

月代は軽く視線をやり場もなく泳がせ、守屋はその場で立ち上がりそうになって足踏みをする。

根岸は椅子の背にもたれ、震えるような呼吸を整えようとしていた。


 最終テーマ――“人間ドラマ”。そして“自分自身をさらけ出す”こと。

それは、書けば書くほど身を切られるような苦痛が伴うかもしれない。

だが書かなければ、勝ち残る道などない。

残酷なまでに突きつけられた選択肢に、三人の作家はそれぞれの想いを胸に秘めながら、またキーボードやペンを握りしめる。


 こうしてデスゲームは最終ステージへと踏み入る。

誰が己の“魂”を文字へと昇華し、どのような地獄を見て、どんな結末に辿り着くのか。

ただ一つだけ確かなのは、この三人にとって“人間ドラマ”という最後の試練が、これまでを凌ぐほど苛烈だということだった。

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