第二節:順位発表 ─ 誰が下位か

夜半のロビーに集められた四人、月代、守屋、根岸、高森は、いままさに公開された“途中経過”の数値や批評コメントを呑み込むように見つめていた。

暗い照明の下、スクリーンにはそれぞれのバカミス/本格推理作品に対するネット投票と専門家点のグラフが表示されている。

だが、最終結果の発表というわけではない。運営側の冷徹な声だけがホールに響き、四人をいっそう緊張させていた。


1. 月代 祐紀


 淡々と立ち尽くす月代は、大きな眼鏡の奥で揺れる瞳を伏せながら、自身の本格推理「静寂の密室」の評判を眺めていた。

「読後感がいい」とか、「ロジックがしっかりしていて好印象」というコメントが専門家サイドから寄せられる一方で、「暗くて地味」「青春ノリがなくてつまらない」と、若年層のネット投票では苦戦している様子だ。

彼女は自作の一節を反芻するように心の中で呟く。


 << 静まり返る山荘の一室で、微かに揺れた蝋燭の灯が、冷たく横たわる被害者の指先を照らし出す。「この扉、どうやって封じられたの……?」そこに息づくのは、密室への執着と、ほんの少しの絶望。>>


 月代ははっと我に返り、隣で少し慌てた様子を見せる根岸に目をやった。


「専門家はともかく、ネット投票にもっと食い込めればいいのだけど……」と、独り言のように零す。


得点グラフを見ると、いまひとつ伸び切れない印象が否めない。月代は唇をきつく結んだ。


2. 守屋 漣


 一方で守屋はほとんど平常運転と言わんばかりに、スマホ画面とにらめっこをしている。

バカミス「名探偵バカ一代!? ~爆笑トリック大作戦~」へのネット反応は相変わらず爆発的だ。


「うわ、コメント欄が“大爆笑www”で埋まってるな。俺の狙い通りっしょ!」


守屋は得意満面に笑うものの、その先にある専門家講評には渋い意見も少なくない。

“推理になってない”“あまりに破綻している”──だが本人は気にしていない素振りだ。


「ただ、専門家点がもっと高ければ完璧なんだけどなー。ま、最終的にはネット票で押し切っちゃえばいいか」


そう軽口を叩いてから、彼は作品の冒頭を思い浮かべる。


 << 事件現場に転がるザリガニと犠牲者の頭部。「犯人はダレ!? ってタコ介お前しゃべんのかよ!?」 正気かどうかすら怪しい探偵が、奇妙な死因に挑む──。>>


 守屋は「俺最強」と言わんばかりに肩をそびやかせているが、どうやら“専門家点が低い”という事実には少なからず不安を覚えているようだった。


3. 根岸 千夏


 根岸は廊下の隅でタブレットを握りしめ、画面に映るグラフの上下に一喜一憂していた。

バカミス「#犯人はアイドル!? ありえねー真相を追え!」は、SNS拡散による爆発的な話題性がある程度票を稼いでいるが、専門家からは「まるで推理になっていない」「既視感のあるアイドルネタに頼りきり」と酷評されつつある。


「うわ……“もうちょいトリック作り込んで”ってアンチコメント増えてる。SNSではバズってるんだけどなあ。うーん……」


彼女は自作の盛り上げどころを思い出して、悔しそうに言う。


 << ライブ配信中にアイドルが大騒ぎしながら死体発見!?「#事件発生 #待ってヤバい」「犯人ウケるww」 ネットのコメントが炎上と混乱で渦巻くなか、謎のメッセージが浮かび上がって……。>>


 「このネタ、面白いと思ったんだけど……。高森さんと下位争いとか、マジ勘弁だよ」


そう呟きながら、ちらりと高森を横目で見やる。

最近の噂では「根岸か高森か、どっちが最下位か」という声も出ているらしい。

根岸の眉は明らかに焦りを帯びていた。


4. 高森 雄一


 そんな根岸の視線を感じながら、高森はロビーのソファで息をついている。

自身の本格推理「暗号塔に眠る殺人ゲーム」は「読みやすい」「まとまりがある」と評価される一方、“無難すぎる”“意外性が足りない”という意見も否めない。

ネット票もそこそこ入るが、爆発力はない。


「俺、もう少し派手にしてもよかったのかな。……読みやすさを優先したのが裏目に出たか」


彼は困ったように苦笑しつつ、作中のクライマックスを思い返す。


 << 古城の最上階。暗号を解くたび殺される参加者たち。「俺たちが今ここで手を止めたら、誰も生きて帰れない……!」 探偵役が叫んだ瞬間、最後の封筒が投げ込まれる──。>>


 「派手さが足りないか……。やっぱり根岸さんみたいにSNSを意識したネタも絡めればよかったかな」

そう自問する顔には、焦燥が浮かんでいる。

数値のグラフは根岸と激しく競り合っているように見えるし、どちらも下位を抜け出せるかは微妙な情勢だ。


 スクリーン上では、守屋がやや優勢に立ってネット得票を稼ぎ、月代は専門家講評で安定した支持を集めている。

そんななか、根岸と高森は危ういラインを一進一退していた。


「根岸さんも高森さんも、互いに“決定打に欠ける”とされてる感じね」──月代が低く呟くと、守屋が口を挟む。


「いやあ、でも根岸はSNS使ってバズらせるの得意じゃん。そこで票を伸ばすっしょ。高森さんもベテランファンいそうだけど、ちゃんと動いてくれてるのかな?」


高森はぎくりとした顔をする。


「……一応、水面下で応援してくれる編集者さんや読者さんはいるんだが。どこまで伸ばせるか……わからない」


根岸も苛立ち交じりに抗議する。


「私だって、ただの勢いだけじゃ苦しいんだよ。もうアンチコメントも増えてるし、専門家の評点が低いせいでヤバそう……」


四人の言葉を聞き届けたかのように、会場の上部から運営スタッフの声が響いた。


「皆さま、途中経過は以上となります。最終集計に入りますので、しばし待機を」


その瞬間、ロビーには一瞬で重苦しい空気が落ちた。

月代は唇を引き結び、守屋は落ち着かぬ手つきでスマホをいじり、根岸と高森はお互いの存在を気にするように視線を避けあう。


「ほんとに……どっちが下に沈むんだろうね」


根岸は震える声でそう呟く。


「わたし、少しはマシになってきたと思ってたんだけど……」


高森はそれを聞き、わずかに肩を落とした。


「いや、俺も正直、安全策を取りすぎたのが響いてるみたいで……」


張りつめた静寂を破るように、守屋が乾いた笑い声を立てる。


「な、なんとか二人とも生き残れって感じ? 俺らで四人で最後までやりたいじゃん?」


それに月代が冷ややかに返す。


「そんなこと言っても、デスゲームに慈悲なんてないでしょう。誰かが下位を引き当てれば……そのまま脱落なんだから」


四人の言葉はどこか虚ろな響きをともない、ロビーの空気はさらに重く淀む。

今回も失格者は容赦なく切り捨てられるという現実が、全員の背筋を凍らせる。

最終結果こそまだわからない。

だが、画面に示される得点のグラフを見れば、根岸と高森が下位争いに巻き込まれていることは誰の目にも明らかだった。


「ここで脱落したら……本当に終わりよね。わたし、もう帰れないのかな……」


根岸がしゃがみこむように呟くと、高森もわずかに目を伏せる。


「俺も……冒険活劇の王道で勝負してきたプライドがあるけど、今回ばかりはどうなるか……」


次に響くのは、運営側が最下位を宣告する無慈悲なコールか、あるいは思わぬ展開か。

いずれにせよ、今この場で四人にできることは、じっと結果を待ち受けることだけだった。

――息を呑むような沈黙のなか、遠くから何か機械音が鳴り、警備員の足音がまたひとつ廊下を巡回していく。

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