死の連鎖 - 下位者の結末

第一節:作品の評判 ─ バカミスと本格の評価

深夜、ホテルの一室に用意された臨時ブース。

そのモニターからは、続々と寄せられるネットコメントや批評家の寸評が流れ込んでくる。

締切を終えたばかりの四人──月代、守屋、根岸、高森は、それぞれの本格推理またはバカミス作品が読者にどう受け取られているか気が気でない様子だった。


・月代 祐紀「静寂の密室」


 月代はデスクの前で静かに息をつめ、スクロールする評価コメントを見つめる。

彼女が投稿したのは王道本格ミステリを基盤とした「静寂の密室」。 

画面に現れた文字を読み上げるように、月代は細い声で呟く。


 「『心情描写が深くて引き込まれたけれど、ちょっと地味』『静かで重厚、読後感は好き』……ふむ」 


そっと読み返すように自作の冒頭を思い出す。


 << 夜半、雪が降りしきる山荘の奥。鍵のかかった部屋で、突如一発の銃声がこだまする。 亡骸の傍らに落ちるのは、一つの小さなペンダント。 わずかに血が滲むその銀細工を見下ろしながら、探偵役の青年は唇を震わせた──。>>


 「私なりに巧妙なトリックを仕込んだつもりだけど……『読みやすさが足りない』という声も多いみたいね」 


月代は艶やかな黒髪をかき上げ、ため息をつく。


「本格重視で書いたんだから仕方ないけれど、ネット投票は伸びないのかしら」


 しかし、批評家の中には「こんなに地道にロジックを作り込んだミステリは久々」と絶賛するコメントもある。

月代はわずかに微笑み、納得するように頷いた。


・守屋 漣「名探偵バカ一代!? ~爆笑トリック大作戦~」


 一方、守屋はスマホを手に「マジかよ、めちゃくちゃバズってんじゃん!」と声を張り上げている。 

投稿したバカミスは、タイトルからしてむちゃくちゃだが、そのぶっとんだストーリーが若い層には大ウケらしい。


 「ほら見ろ、ギャグ満載で正解だったろ? “被害者の首がザリガニに挟まれてた”って件、超ウケてんじゃん」


守屋は笑いながら、画面を指差して根岸にも見せつける。

だが、その裏には「こんなの推理じゃない」「ふざけすぎ」という厳しい批判も混じっていた。 


「ま、専門家には怒られがちよね。でも、ネット票が稼げりゃオールOKでしょ?」


彼は明るい声で言い放ちながらも、ほんの少しだけ眉をひそめる。

どこか心の奥底で、「こんな形でいいのか?」と思う自分がいるのだ。 

しかし、今さら後に引けない。作品の冒頭を頭に浮かべ、にやりとする。


 << 名探偵バカ一代「ざりがに君」との遭遇!!

 「何でお前がここにいるんだよ! ……つーかタコ介、まだ逃げてんのかよ!?」 

 ツッコミ不在のまま事件は進行し、犯人は誰だかわからない。

 だって、論理なんて二の次なんだもん。>>


 「SNSのコメント欄、炎上と爆笑が混ざってておもしろいな。……俺の勝ちパターンはこれだろう」 


そう言い聞かせるように、守屋は唇の端を吊り上げた。


・根岸 千夏「#犯人はアイドル!? ありえねー真相を追え!」


 根岸はタブレットの画面を眺めながら、「また“浅い”って言われてる……」と眉を下げる。

彼女のバカミス作品は、アイドル殺人事件のドタバタ劇。

派手なハッシュタグやSNSシーンが読者の目を引き、一時は盛り上がりを見せたものの、その勢いだけで乗り切れるかどうか怪しい雲行きになっている。


 「『アイドルが可愛い』『発想は面白いけど、肝心のトリックがザル』……うう、やっぱりそう言われちゃうか」 


根岸は作中でヒロイン達がライブ配信をしながら死体を発見するシーンを思い返す。


 << #ライブ中継で見ちゃいました「ウソでしょ、こんなとこで殺人事件とかヤバすぎ!」「犯人は誰? ファンじゃなくてメンバー? もうわけわかんない!!」>>


 「SNS的には話題にはなるけど、推理としては……うーん」 


彼女は机をトントンと指で叩き、「どうせ専門家からは酷評されるんでしょ?」と唇を曲げる。

それでもネットのタイムラインには「かわいい」「テンポ良く読めた」というポジティブコメントが踊っていた。

 

「バカミスはこんなんでいいって信じたいけど……次のテーマ、もっと本腰入れないとダメかなぁ」 


根岸はタブレットを閉じ、ため息をつく。


・高森 雄一「暗号塔に眠る殺人ゲーム」


 最後に、高森の投稿した“本格推理”が並ぶモニターへ視線が集まる。

ネット上では「読みやすい」「王道だけど面白い」という声がある一方、「意外な盛り上がりに欠ける」「無難すぎる」といった、どこか物足りなさを指摘するコメントも増えていた。


 「まあ、笑いには勝てないかもしれないし、月代さんの凝り方には及ばないかもね……」 


高森は肩を落としつつ、原稿の一節を振り返る。


 << 霧に包まれた古塔に、暗号文が一枚、また一枚と届く。

 「解かないと、次の犠牲者が出る──そう言われたからには急ぐしかないさ」 

 探偵役の青年は地図を広げ、仲間とともに灯りのない廊下を進む。

 そこに潜むのは何者かの影……。>>


 「うん、アクション要素もやや控えめにしちゃったしな……もうちょっと冒険要素を入れればよかったか?」 


そう呟きながら、高森は「やはりリスクを恐れて安全策に走りすぎたかも」と苦く笑う。

どうやら評判はどっちつかずで、微妙なラインに留まっているようだ。


 四人それぞれが自作への賛否を読みこむうち、時刻は深夜を回っていた。

グラフやコメント欄が刻々と変化し、ネットの評判が揺れ動くたびに、部屋にはピリピリとした緊張感が漂う。


守屋のバカミスは“笑い”という強烈な武器で若年層を惹きつけ、月代の本格は確かな筆致で批評家の心を掴む。

根岸はSNS拡散の力で話題性こそあるが、推理の弱さが露呈し始め、高森は王道で着実な評価を得ながらもインパクト不足を指摘されがち。


廊下に差し込む非常灯の薄青い明かりの下、彼らは画面に表示されるコメントを追う。


 「――“これ、本当にミステリ?”」

「いや、ワタシこういうバカ展開好き」

「月代先生の描写が好き! でも難しい!」

「高森作品、無難すぎじゃね?」

「根岸さん、もっと推理部分頑張れないの?」


 どれもこれも、心を削る声と励ます声が入り混じる。

やがて控室のスピーカーが、冷たい金属音を携えて響いた。


「各自の評価を集計中。詳細は追って通知する。引き続き待機せよ」


 作家たちは顔を見合わせる。誰が褒められ、誰が貶されているかは、すでに少しずつ透けてきている。

しかし、この後に待ち構える本当の審査結果はまだわからない。


月代はパソコンを閉じ、かすかに震える唇を引き結んだ。

「まだ……決まったわけじゃないわ。次、どう出るか」


守屋はソファに投げ出すように座り込み、スマホをいじりながらニヤリと笑う。

「ネット的には俺が一番盛り上がってるけど、専門家たちがどう見るかな……怖いけど、まぁ大丈夫っしょ」


根岸はベッド端に腰をおろして、SNSを更新する手が止まらない。

「バズってるのは嬉しいけど……ここからどうなるんだろ。なんか怖い」


高森は窓際に立ち、夜景をぼんやり見つめる。

「何とか形にはしたけど、まだ勝負はわからないな……」


 外の闇を切り裂くように、パトライトが赤く瞬いた。

どこかで警戒態勢が強まったのか、それともただの巡回か。

作家たちにはわからない。ただ、嫌な予感だけが胸に巣食う。


ここまで、作品の“褒め”と“酷評”は出揃ったが、この先何が起こるのか。

作家たちは息を詰め、次の発表を待つばかりだった。

まだ誰も、どんな断罪を受けるか知らない。 ――夜は更けるほどに、さらなる死の気配を潜ませていた。

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