第四節:作品完成、投稿へ

締切まで残りわずか。どのブースからも追い詰められた空気が伝わってくる。

バカミスか本格推理か──作家たちは先ほどまで迷走していたものの、今はそれぞれのスタイルで“決着”をつけようと、最後の文字を刻んでいた。


月代 祐紀──「静寂の密室」


 月代の筆先は、先ほどまでの混乱を微塵も感じさせないほど滑らかに進んでいる。しかし、その表情は汗の滲むほど険しかった。


 「ここは……アリバイを矛盾させる小道具を、ひとつ伏線として……いや、もっと自然に……」 


彼女は呟きながら、画面の文章を注意深く読み返す。


 << 雪に閉ざされた山荘。

  吹雪の夜、二階の寝室から悲鳴が上がる。

  “鍵は内側からかかっていた”はずなのに、被害者は何者かに刺されて絶命していた──。 

  俯く探偵役の瞳に、かすかな情動が宿る。

  「人が死ぬ。そこに人の闇がある。……誰にも触れられない闇がね」 >>


 月代は息を詰める。論理もトリックも、ミステリとしては十分複雑に仕上げた。

だが“文学的深み”を損なわないよう、キャラクターの心理にさらに奥行きを持たせるか否か、ギリギリまで悩み抜いている。


 「これ以上複雑にすると、読者が離れるかもしれない。でも、ここを軽く流したら『浅い』と言われるわ……」 


焦りの色を垂らしつつも、月代は“地味な小説”と呼ばれた悔しさを振り払うように、しっかりとエンディングへ向けて書き上げていく。


守屋 漣──「名探偵バカ一代!? ~爆笑トリック大作戦~」


 一方、守屋のブースからはキーボードを叩く軽快な音と、小さく弾けるような笑い声が漏れている。


 「いや~、どんだけ無茶苦茶にしようとしてんだ、オレ。……でもウケるだろ、この展開は!」


 << “タコ介”に続き、こんどは“イカ太郎”が現場に出没!?

 「まさか、またしてもザリガニのハサミが……!」

 名探偵バカ一代は叫ぶ。

 「この謎、わかんねぇ! でも勢いで犯人はお前だ!」 >>


 そんなバカ騒ぎが文字になって踊っている。 


「推理? いやいや、細けえことはいいんだよ。笑わせりゃ勝ちじゃん……!」 


守屋はそう呟くものの、時折不安げな目をモニターに落とす。


「専門家には“ふざけてる”って叩かれるかもな……だけど今さら路線変えても仕方ないし。バカミスはバカに徹してこそだ!」


矛盾だらけのストーリーをあえて放置し、最後はド派手な“オチ”で締める。

守屋はそう決意し、思わずクスリと笑う。

なんだかんだ言っても、この“破天荒なノリ”こそ彼の得意技であり、武器なのだから。


根岸 千夏──「#犯人はアイドル!? ありえねー真相を追え!」


 廊下の端で、根岸はタブレットを睨みながら唇を噛んでいた。


「これ……大丈夫かな……“犯人はアイドル”ってウケそうだけど、トリック全然ない気がする……」 


画面にはカラフルな文字が散らばり、SNS風の書式やハッシュタグが至るところに貼られている。


 << #被害者発見 #アイドル衣装が怪しすぎ #でもめちゃ可愛い

「ちょっと待って! この現場に落ちてるキラキラペンライトって何!? え、まさか、これが凶器!?」

アイドルたちはこぞってSNS配信しようとするが、すでに“炎上”の嵐が……。>>


 「バカミスってこういうのでいいんだよ……たぶん。でも……いまさら真面目な推理展開入れても読者引くよね。とにかく映え重視でいこう……」


根岸は呟き、指先を震わせながら最後のシーンを書き足す。

かつて“浅い”と言われ続けたトラウマが頭をよぎるが、時間がない。


「もう開き直るしかないよ……やるっきゃない……」


勢いのまま書ききった原稿を、彼女は一度だけ読み返すとゴクリと唾を飲んだ。

想像を絶する批判が来るかもしれない──それでも、投稿ボタンを押さなければ終われないのだ。


高森 雄一──「暗号塔に眠る殺人ゲーム」


 高森は廊下に向かう前に、原稿をプリントアウトしながら深いため息をついた。 


「やっぱり……ちょっと地味かな。安定感はあるけど、爆発力がないって言われそう……」 


しかし今さら路線を大きく変えるわけにもいかない。

彼が書き上げたのは、王道の本格推理。テンポ良く読みやすいが、“冒険的要素”は少し抑えたままだ。


 << 霧のかかった古塔。

 五枚の暗号カードが、一人死ぬごとに順番に提示される。

「この謎を解けば、次の犠牲は防げる──そう信じたいんだ……」

 登場人物たちはそれぞれ秘密を抱え、誰が嘘をついているのかも分からない。

 「最後の暗号に、答えはあるはず……」>>


 「もしこれで読者が『地味』って思ったら終わりだな……。でも、奇をてらうより、俺は“安定の謎解き”を貫こう」


決意を新たに、淡々と作品をまとめ上げる。

脳裏には、次こそ何か新しい挑戦をしなければならないかも、という不安がよぎるが、とりあえず今は締切に間に合わせるのが先決だ。


 かくして四人は、それぞれの“バカミス or 本格推理”作品を完成させた。

だが、トラブルは締切直前に容赦なく襲いかかる。


・高森のPC誤作動

アップロード直前、突然高森のモニターがフリーズした。


「え、嘘だろ……なんでこのタイミングで!」


彼は慌ててリセットをかけるが、再起動に時間がかかる。


 「データ消えたら終わりだ……」

青ざめる高森。

だが、奇跡的に原稿ファイルは無事だった。

ギリギリでクラウドに保存されたデータを引っ張り出し、投稿に間に合う。


・根岸のノート紛失

廊下で誰かにぶつかった拍子に、根岸がアイデアを殴り書きしたノートがどこかへ消えてしまう。


「やだやだやだ! あたし、あれがないと犯人役どうするか忘れちゃう……!」


必死に捜しても見つからず。焦りで泣きそうになるが、記憶を頼りに残りを書き足した。


「もう……テキトーでいいや! ええい!」


半ばヤケクソになりながら、勢いで投稿データを仕上げる。


・月代への悪意あるデマ?

控室の片隅で、「月代さんの原稿、盗作疑惑があるって聞いたんだけど……」などと密やかな囁きが飛び交う。


「盗作なんて、根も葉もない……誰がこんな噂を……」


月代は苦々しい表情で噂を耳にするが、即座に書く手を止めない。


「くだらない……今はそんな戯言にかまってる暇はないわ」


冷静に最終チェックを終え、投稿ボタンを押した。


・守屋の仕上げ

締切数分前、守屋は最後までふざけきるか、それとも少し“本格要素”を足すかで迷った。


「いや、いまさら修正してもダメだろう。やっちまえ!」


結局、全力でバカ要素を突き抜ける形で原稿を投稿。


「よっしゃ、勝負だ。ネットが笑ってくれりゃ、俺は生き残る!」


守屋は叫ぶようにキーボードを叩き、時間ぎりぎりで送信を完了した。


 こうして、四通りの“推理小説”が締切時間に間に合った。 

締め切りベルが廊下に鳴り響き、警備員が淡々と作家たちを執筆ブースから誘導する。

各自が胸に抱えるのは「やっと終わった」という安堵と、「この先どうなる?」という不安だ。 

高森は肩を落としつつも、「間に合ってよかった……」と震える声で呟き、根岸は「変なのにならないといいんだけど……」と半泣きでスマホを握りしめる。

守屋はどこか余裕の笑みを浮かべ、「絶対ウケるって、俺のバカミス!」と強がる。月代は黙したまま、静かに前を向いていた。 

そして、主催者が再びスピーカー越しに告げる。


 「ご苦労でした。これより作品を公開いたします。評価はすぐに集計が開始されます。……さて、誰が生き残るでしょうか?」 


不気味な笑いが、施設の奥から微かに響いたような気がした。


 四人はそれぞれ顔を見合わせる。

誰一人、ここから先の展開を予測できない。

失敗した者には“死”が待ち構えているかもしれない。

だが、どんなに怖くても、彼らは文字を書くしか生き残る術がない。


重苦しい沈黙を挟みながら、四人はそれぞれの部屋へ戻っていく。

投稿された作品が今まさにネットに公開され、瞬く間に読者や専門家の目に触れ始めるのだ。 

果たして、笑いに振り切った守屋か、本格を貫く月代か。SNS特化の根岸か、安定路線を走る高森か。

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