第三節:初の脱落者
がらんと広いホールには、主催者が設置した真新しいモニターがひときわ目を引いていた。
そこには6人の作家が投稿した異世界ファンタジー作品の最終順位が映し出されようとしている。
誰一人声を発しない。
息を呑んで成り行きを見守るばかりだ。
「では、いよいよ最下位、脱落者の発表です」
スピーカーから響くアナウンスが嫌に冷たい。
誰もが瞬きすら忘れている。
神代 泰蔵は腕を組んだまま、険しい表情でモニターを睨んでいた。
中堅作家の月代 祐紀は唇をかみ、若手人気の守屋 漣は落ち着きなく目を泳がせる。新鋭の根岸 千夏はスマホを握ったまま凍りつき、中堅ホラーの牧瀬 穂乃果はじっと下を向いている。
大衆娯楽の高森 雄一に至っては、祈るように両手を組んでいた。
──総合順位が一人ひとり読み上げられていく。
上位の守屋の名が呼ばれたとき、彼は「やっぱり俺、強いっしょ」と小さくガッツポーズしたものの、専門家からは「量産型だ」という辛口評価もあったと聞き、苦笑いに変わる。
月代は「地味」と揶揄されながらも、“文章力が高い”という評価を得て、まずまずの位置へ。
一方、高森は可もなく不可もなくと言わんばかりの点数表示に、少しうなだれている。
牧瀬は「怖い」「気分が悪い」とネット投票の低評価を受けたが、ホラーファンの熱狂的支持で何とか踏みとどまっていた。
根岸は得意のSNS拡散で票を集めていたが、専門家点が伸び悩む。
スクリーン左下には“神代 泰蔵”という大御所の名──そして、その数値が明らかに下限を突き抜けている。
「神代先生が……最下位……?」
高森が驚いたように口を開くが、その声音は震えている。
神代の“砂海(さかい)の黙示録”は深みこそあれど、“異世界ファンタジー”としては重苦しく、ネット投票の伸びが著しく悪かった。
専門家たちからも「時代錯誤」「ファンタジーとして魅力不足」と厳しい意見を突きつけられたのだ。
アナウンスが無機質に告げる。
「最下位の発表をします。大御所作家、神代 泰蔵。あなたは、この場で“脱落”となります」
「……馬鹿な」
神代の硬い声が、ホールに淡々と落ちる。
彼の目は見開かれたまま、モニターの順位を凝視していた。
「わたしが……脱落、だと? 長年書き続けてきた、このわしが……」
昂る感情を抑えきれない様子で、眉根が不快そうに寄る。
それでも、誰も神代をかばう言葉を出せなかった。
各々が心の中で“まさか”と呻き、しかし今さら覆せないという絶望感に陥っている。
次の瞬間、場内の後方から黒服のスタッフが無言で現れた。
彼らは有無を言わさず神代の腕をつかみ、ぐいと引きずる。
「離せ……こんなこと、あってはならん! わしが、こんな……っ」
神代の悲痛な声が響き、月代が思わず息を呑んで立ち上がったが、黒服たちは銃を向ける形で牽制する。
誰もが身動きできないまま、神代が連れ去られていくのを見つめるしかなかった。
「……神代先生……?」
根岸の小さな呟きが、白々しいほど響いてはすぐかき消える。
背後の扉が閉ざされる寸前、かすかな呻き声と何かを引きずるような音が重なった。 「嘘、でしょ……」 守屋は顔を青くして呟く。
いつも軽口を叩く彼ですら、この光景にはジョークのひとつも浮かばない。
すると廊下の奥から、不気味なほど静かな悲鳴とも咆哮ともつかぬ声が微かに聞こえてきた。
遠くで鉄扉が締まるような重々しい音。
それが“最初の犠牲者”が出た事実を突きつける。
「あの人、本当に……やられちゃったの? 死んだのか……?」
高森が消え入りそうな声で口にすると、誰も答えない。
どう返していいのか、誰もわからなかった。
やがてスピーカーから、淡々とした主催者の声が落ちる。
「これでわかったでしょう。下位者には容赦しない。それがこの“文学デスゲーム”です。……これより先も、皆さん全力で書き続けてください。結果は、作品のみが示すでしょう」
その冷酷な響きに、月代は背筋をこわばらせ、根岸はガタガタと震えながらスマホを握りしめる。
守屋もさすがに冗談じみた表情は消え失せ、押し黙ったまま天井を仰いだ。
すべてが静まり返ったまま、しばらく誰も動けない。
さっきまでそこにいた“文学界の大御所”が、あまりにあっけなく消え去ったのだ。
ここでは実績も名声もまるで通じない。
若者に人気がなければ、異世界ファンタジーという企画に合致しなければ、遠慮なく落とされる。
それがこの地獄のルールだと、全員が嫌というほど思い知らされる。
「……なんて悪趣味なゲーム……」
月代が眉をひそめる。誰も相槌を打たないが、その顔には同じ思いが宿っている。「もう後がないのだ」と。
牧瀬は青ざめたまま、震える声で絞り出す。
「次に落とされるのは……誰でもおかしくない、ってこと……ですね」
それに応える者はない。代わりに、ドクン、ドクン、と胸を打つ心拍音ばかりが自分の耳に響く。
まるで今にも絞首台へ導かれる死刑囚のように、彼らは自分の未来を思わずにいられなかった。
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