第二節:専門家講評と得点開示

風通しの悪い広間に、6人の作家が一堂に集められた。

正面にはスクリーンが設置され、そこに続々と映し出される評価コメントと得点。

まるで処刑を待つ罪人のように、誰もが息を殺して見入っている。

主催者が用意した“特別審査員”──文学界の評論家や編集者、書店関係者、さらには映像業界の識者までもが、それぞれの作品を採点しているらしい。


 「いよいよ、出るんだな……」 

神代 泰蔵が低く唸った。

その落ち着いた声ですら、今はひどく沈んで聞こえる。

画面の左上に、彼の『砂海(さかい)の黙示録』に対する評が次々と浮かんでいた。


 「世界観は重厚だが、異世界というより中東史の延長に近い」

「筆力は確か。ただしエンタメ要素が薄く、若年層へのアピールに欠ける」 


神代が深く眉をひそめたそのとき、司会進行役の声が場内に響く。

「では、『砂海の黙示録』から抜粋した一節と、それに対する専門家の講評をご覧いただきましょう」 

スクリーンには神代の文章が映し出される。 


──“荒涼たる大地の果て、砂塵の波間に、かすかな風の啜り泣きが聞こえた。王の血を継ぐ者が誰であるか、それを知らぬまま人々は争いを繰り返す……しかしここは、果たして真に異界なのか。あるいは、我らが築き上げた歴史の幻影か──” 


すかさず批評家の声が重なった。

「歴史小説として読む分には味わい深い。しかし“異世界ファンタジー”としては古臭い印象。技巧は光るのに、ジャンル理解が不十分なのではないか」 

神代は苦い顔でスクリーンから目をそらす。

周囲の作家たちは息を呑むが、誰も声を掛けようとしない。


 続いて画面に映し出されたのは、守屋 漣の『オレが竜騎士? じゃあ最強設定でよろしく!』

守屋はスマホを手ににんまりと笑う。


 「ネット投票はすごい勢いなんですよ。若い子たちから“主人公最強最高!”って絶賛されちゃって」 


だが、専門家講評はやや手厳しい。

「量産型なろう系の典型」

「ギャグは秀逸だが深みがない」

──そんな意見が次々と読まれる。 


モニターには、<< 何もない”はずのクラス転移で、俺だけ竜騎士の称号ゲット!? ま、楽勝っしょ! >>という冒頭文が映る。

評論家の一人が淡々と述べる。


「面白おかしく読める点は素晴らしいのですが、あまりに既視感が強い。もっと意外性があれば、さらに支持を伸ばせたはず」


 「へいへい、参考にしときまーす」 

守屋は肩をすくめながらも、その目はどこか余裕に満ちていた。


 月代 祐紀の『転生領主の孤独な夜明け』には、画面下のテロップで“専門家から高評価”という文字が躍っている。


 「ここに示された心理描写は、まるで純文学の手触りがある。戦火のなか領主としての責務と葛藤を描く手法は秀逸。ただしアクション要素はやや希薄」 


スクリーンには、<< 目を覚ましたとき、そこは雪に閉ざされた廃城だった。何故か、私は“領主”を名乗るしかなくて── >> という冒頭。

月代は胸を張るでもなく、控えめに視線を落としている。 

「ファンタジーとしての派手さが足りない、という声もあるようですね」 

小さな呟きに、月代の肩が微かに震えた。

「派手さなど無粋な……。いえ、ともかく専門家ウケがあるなら、わたしはそれで」 負けず嫌いな彼女だが、神代と同じ轍は踏むまいという思いが透けて見える。


 根岸 千夏の『ギャルJK、剣と魔法の世界に放り込まれたら』は、「SNS連動と軽快なノリは面白いが設定が浅い」という酷評を多く受けていた。 

スクリーンには冒頭の << あれ? スマホ圏外じゃん! てかココ、どこなの!? >>  が映され、批評家が指摘する。

「この作品、テンポはいいが、異世界描写は表面的。SNS映え狙いに終始している印象が強い」

 「うう……」 

根岸は俯きながら、膝の上でスマホを震える指先でいじるばかりだ。

ネット票はそこそこ稼げているが、“浅い”という評価が何より彼女の胸をえぐる。


 高森 雄一の『勇者と宝珠の大冒険』には、「王道で読みやすい」と好意的な声が並ぶ一方、「ありきたりで新鮮味がない」という評があがる。 


「これは少年漫画的な熱さが良い。が、もう少し尖った要素があれば……。どの場面も安心感がありすぎて、刺激に乏しいですね」 


スクリーンに、「広がる草原の向こうに見える光。それは伝説の宝珠へ続く、希望の道だった……」という冒頭が映ると、高森は苦笑した。

「安心感、ですか。まあ、そうだろうなあ……」と小さく呟く。


 最後に紹介されたのは、牧瀬 穂乃果の『血塗(ちぬ)れの転生劇~闇に囚われし邪神~』

深紅の文字で表示された冒頭── << 夜空が呪われた月の色に染まるとき、生贄の鼓動が最後の拍動を刻む── >> 


パネルの批評家が困ったように声を放つ。

「正直、グロテスクで人を選びますね。魔界じみた世界観は斬新ですが、異世界ファンタジーとしての楽しさより、ホラー要素ばかりが際立っています」 

牧瀬はテーブルの下で拳を握りしめながら、視線を落とす。

神代のような確固たる自尊心こそないが、闇に没入するしか自分らしさを表現できないもどかしさを噛み締めていた。


 こうして、6作品それぞれの専門家講評や得点が公に開示される。

スクリーンにはレーダーチャートや数値が可視化され、作家たちは針の筵(むしろ)に座らされているかのようだ。 


「総合すると、守屋さんは読者人気が爆発的。根岸さんも若者層を中心に票を集めています。しかし専門家評価は……」 


進行役がそう告げると、根岸は唇を噛む。

「やっぱ専門家にはダメか……」 


「月代さんは専門家点が高いが、ネット票が低め。高森さんはどちらもほどほど。大御所・神代さんは期待度が高かっただけに、失望された部分が大きいようです」 


静まり返る場内の片隅で、神代が険しい顔を上げる。

「ふん……わしを失望扱いとは、よほど節操のない読者どもだ……」


 専門家の冷酷な評価と読者投票の数字が、まるで鋭い矢のように作家たちのプライドを射抜いていく。 

最初の脱落者がいよいよ決定する。

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