第三節:戸惑いと衝突
合宿所の廊下には、何とも言えない緊張感が漂っていた。
壁には一定の間隔で取り付けられた監視カメラが、まるで作家たちの動きをひっそりと見守っているかのようだった。
締め切りが迫る中、6人の作家は、それぞれが手掛ける「異世界ファンタジー」をどうにかこうにか書き進めようとしていたが、進捗状況には早くも差が出始めていた。
「いや~、最近めっちゃ筆が進む!」と元気に声を上げたのは、若手で人気のある守屋 漣だった。
彼は部屋の扉を開けっ放しにしたままパソコンに向かって笑いながら言った。
「異世界と竜騎士、そして最強設定なんて、この組み合わせは鉄板でしょ。SNSでちょっと自慢したいけど、内容は公開禁止だもんな……でも、ちょっと煽るくらいなら大丈夫か。」
と、そう言いながらもカメラに一瞥をくれながら声をひそめた。
ここでSNSに何か書いて助けを求めたとしても、すぐにアウトになってしまう──そんな脅しをすでに主催者から叩き込まれていた。
一方で、根岸 千夏はスマホをいじりながら何かを投稿しようとしていました。
「そりゃあね、内容は事前に晒すなって言われたけど、写真くらいならいいよね。“#新作進捗中 #人生かかってます”でお茶を濁しとこう。」
画面のスクショを撮ろうとしたが、合宿所の通信回線は常に監視下にあるらしい。
それでも“ギリギリの宣伝”なら許されると高を括って、根岸はニヤリとする。
彼女が書いているのは、ギャルJKが異世界に飛ばされる話。
「ほら見てよ、こんな感じで始まるんだ。」と、彼女は誇らしげに画面をスクロール。
<< スマホ圏外!? なんで!? てか、あたし本当に異世界来たの!? >>
なんて始まりだった。
「これでしょ、バッチリ映えるって!」
ところが背後から「くだらんな」と低い声が飛んだ。
神代 泰蔵の厳かな口調が、冷え切った空気をさらに張り詰めさせた。
「――この程度の設定で受けを狙うとは、まことに軽薄だ。真に異世界を描くとは、歴史を踏襲し、世界観を練り上げるものだ。」
彼の机には分厚い辞典や歴史資料が山積みされていた。
少しだけその原稿を覗くと、
<< 荒涼たる大地の果て、砂塵の波間にかすかな風の啜り泣きが聞こえた…… >>
などという重厚かつ古典的な書き出しが並んでいた。
だがその後、ファンタジーらしい飛躍は皆無に等しい。
そんな重厚な文体が、周囲を少々困惑させていた。
「神代先生、進んでいますか?」と月代が穏やかに尋ねた。
「進んではおるが……馬鹿らしい。魔法だの転生だの、まともに書く価値があるのか、まったく。」
彼はいくらか苛立ちを見せながら、原稿を閉じた。
この題材に真剣に取り組むことに、彼のプライドを鈍く蝕んでいるようだ。
月代 祐紀もちらりと彼を見ながら、自分自身の物語「転生領主の孤独な夜明け」に集中した。
「私は私で、しっかり人間の葛藤を描き込むわ。……見て、この冒頭。」
彼女はノートパソコンに向かって、丁寧に人物の心情を練り込んでいた。
その一方で、たまに廊下を見やっては、守屋の騒々しさや根岸のSNSアピールを複雑な気持ちで見ていた。
「あまりにも軽いのばかりがウケる世の中……でも私は、ここで折れたら負けよ。」
小さくつぶやくと、再びキーボードに集中した。
牧瀬 穂乃果は、書いている「ホラーすぎる」ファンタジーに頭を抱えていた。
「これ、本当にファンタジー? 血まみれで儀式みたいだし……」
モニターには、<< 夜空が呪われた月の色に染まるとき、生贄の鼓動は最後の拍動を── >> という不穏な文が並び、すでにそこには禍々しいクリーチャーや邪神がちらついている。
「これしか書けないんだから……大丈夫、大丈夫、なんとかなるわ。」
内気な彼女は自らに言い聞かせたが、そこに守屋が陽気に顔を出した。
「うわー、これはまたグロいなぁ……! ファンタジーかなぁ?」と冗談を言う守屋に、彼女は少し震えた声で「私の作品なんだから、黙って……」と返したが、その目には不安が宿っていた。
高森 雄一は、「勇者と宝珠の大冒険」を書きながら、ちょっとした葛藤を抱えていた。
「ちょっと王道すぎかもな……。でも、ひねりすぎて失敗するのも怖いし……」
パソコンには、<< 広がる草原の向こうに見える光……それは伝説の宝珠へ続く、希望の道だった >>というような冒険譚が続いていた。
「SNSで“宝珠がカギの冒険だよ”とか呟いてみようかな……でも、注意深く監視されてるし。難しいな。」と悩みながらも、読者受けを気にせずにはいられなかった。
こうして6人の作家たちは、様々なプレッシャーの中、執筆を進め続けていた。
小さな火種が、徐々に大きな焔に変わりつつあった。
神代は「なぜこんな馬鹿馬鹿しい題材に迎合しなければならん!」とイライラを隠せず、守屋は「俺の作品が絶対にバズる!」と自信満々。
月代は内心で自分の世界に没頭し、根岸はSNSでのギリギリアピールを考える。
牧瀬は自分のダークな描写に不安を感じ、高森は定番すぎる物語に対して、かえって不安を感じた。
合宿所の天井から主催者の冷たい声が響いた。
「合宿中のネット使用は許されていますが、すべてが監視されております。警察や外部との連絡があれば、すぐに“脱落”といたします。」
警告の声に、全員は息を飲んだ。
夜が更けると、それぞれの作家が廊下で目を合わせ、見えない火花を散らす。
「こんなファンタジー、ばかげてる」と神代が言えば、「俺の竜騎士は最強だ!」と守屋が応え、「#書いてるなう」と呟きたい根岸がぼやく。
牧瀬は内から溢れるホラー気質を抑えられず悲壮な面持ち。高森は自分でも「王道が悪いとは言わないけど」と煮え切らない。
その全てを見ながら、月代は「私の作品が誰に評価されるのか……」と小さくため息をついた。
それぞれが異世界ファンタジーというジャンルで悩み、互いに微妙な緊張を生じさせていた。
読者からの評価を狙う人、専門家の意見を気にする人、魔法や転生の設定を模索する人、それでも自分のスタイルを守ろうとする人。
何が正解かもはっきりしない中、中途半端な作品を提出すれば命の保障はない──そんな恐怖を抱えながら、締め切りはじわじわと迫って来ていた。
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