第三節:疑念と決意

月代祐紀は、自分のアパートのリビングで編集者と話し終え、電話を切ったところだった。

机の上に散らばった資料に目をやりながら、封筒に気づいた。

誰が送ってきたのか分からないその招待状には、「新しい文学プロジェクト」に参加してほしいという不穏な要請が書かれている。


「編集長にはやめとけって言われたけど、まぁ確かに怪しさはあるわね」と、月代はため息をつきつつ封筒を指先で持ち上げた。

紙のにおいから、どこか高級感が漂ってくる。


「それなのに、どうしても引かれるのよね」と独り言ち、招待状をそっとしまい込んだ。

彼女の心には、好奇心と作家としての誇りがあふれていた。


守屋漣も、編集者とのオンライン会議を終えたばかり。

相手には「怪しいからやめとけ」と言われていた。

「心配するなって。俺、エンタメ作家だし、面白そうならトライしてみてもいいかなって思う」と、肩をすくめて見せる。


机の上に置かれた封筒を見るたびに、心が騒ぐ。

「賞金も気になるけど、“世界的に注目される”ってフレーズが魅力なんだよな」と笑みを浮かべながら、彼は窓の外へと思いを巡らせた。

彼の中には冒険心が芽生えていた。


一方、神代泰蔵は古い書斎の椅子に深く腰掛け、うんざりした表情で電話をしていた。

「そんな軽薄な企画に関わるのはやめた方がいいだろ。あなたもわかるだろ、日本文学の宝なんだから」と昔の同僚の編集者が熱く語っていた。


神代は相手の言葉を受け流しつつ、「ああ、わかっているよ。でもどうやら裏に“何か得になる話”が隠れているらしい」とつぶやいた。

電話を切ると、封筒を軽く弾いて目を細めた。

「文学界を揺るがすほどの何かだと? まあ、一度は試してみる価値があるかもな」と考えこんだ。


ホラー作家の牧瀬穂乃果は、映画プロデューサーに「やめた方がいいよ」と言われていた。

カフェのテーブルに広げられた招待状を見つつ、「他にも企画はあるはずだし、こういう怪しいものは普通捨てるでしょ」と言われた。


「そうかもね。でもどうしてか好奇心が抑えられなくて」と笑顔を見せる彼女の目には、きらりとした光があった。

「陰謀めいた場所でホラーを書くのも悪くないと感じているのよ」

プロデューサーの忠告に耳を傾けつつも、牧瀬の心は揺れ動かなかった。


根岸千夏は、実家からの電話をスピーカーモードで受けていた。

母親の声は鋭く、半ば叱るように響く。

「本当にそんな話に乗るの? 危険かもしれないじゃない?」

彼女はスマホをいじりながら、「うん、うん」と適当に返事をする。

頭の中を、「高額報酬」や「世界に注目される可能性」の言葉がぐるぐると駆け巡る。


「大丈夫。過去にSNSでめっちゃ叩かれたときとかも平気だったし、作家としてはチャンスを逃せないでしょ」と自分に言い聞かせる。

母の声は遠く、封筒に書かれた「他言無用」の文字が目に入る。

「まあ、最悪の場合SNS民に助けを呼べばいいさ。不安もあるけど、好奇心にも逆らえないよね」


娯楽作家の高森雄一は、リビングで家族から意見をされた。

「これ、変だと思わない? 危険かもよ」

「うん、そうかもね。でも、変なくらいの企画が面白い時もあるしさ。経験があるから、ちゃんと見極められると思うよ」と微笑んだ。


招待状を見ていても心から躍っているわけじゃないが、出版不況を打破するためには大胆な行動が必要だと感じていた。

「参加者はどんな人たちなんだろう。神代先生がいるって聞いたから、価値はあるかもね」と小声でつぶやく彼の視線は、封筒の金色のラインを追いかけていた。


それぞれが違う場所で、不安を抱えつつも参加を決めつつある作家たち。

差出人不明の謎の招待状、その不気味さがむしろ彼らを引き寄せていた。

月代は「これは新しい刺激だ」とペンを置き、守屋は「世界に注目されるなんて素晴らしい」と心を躍らせる。

神代も「愚かなことだが、一度見てみるか」と眉をひそめつつも期待を秘めていた。


待ち構えるデスゲームの幕開けを知ることなく、彼らを後押ししたのは、作家ならではの誇りや欲望、好奇心だった。

もう後戻りできないと気づくのは、そう遠くない未来のことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る