7-2
「はぁ……」
口からため息が零れる。
やってしまった。
一途と2人で星を見に行ったあと、彼女は熱を出して寝込んでしまったのだ。
あんなに寒い中に、彼女を連れ出すんじゃなかったと後悔しながら、彼女の家に向かう。
メールで彼女から、熱を出して寝込んでいること、風邪を移すといけないからお見舞いには来なくていいことを伝えられたのが3日前だ。
そして3日経った今も、彼女はまだ寝込んでいるらしい。
流石にこれ以上放ってはおけないと、今から彼女のお見舞いに向かおうというわけだ。
──────────────
彼女の家の前に立って、チャイムを鳴らす。
しばらくして、はい……と少ししゃがれた声が返ってくる。
「一途?花織だけど」
僕が名前を名乗ると、インターホンの向こうから、おかしな悲鳴とどったんばったんと大騒ぎする音が聞こえる。
どうしたんだろうと首を傾げていると、どうぞ入ってという声がしたので扉のところに向かう。
鍵を開ける音がして、ガチャッとドアが開く。
中から顔を出した一途の姿に、一瞬動きが止まった。
ふわふわとした可愛らしいパジャマに、熱で赤く火照った顔と上気した吐息、
ほのかに汗ばんだ身体に、少し乱れた髪の毛。
この姿を、他の人には見せたくないなと思いながら家に入る。
「突然押しかけてごめん。少しだけお邪魔するね」
それから、お茶でもと用意し始めようとする一途を無理矢理布団に押し込んで、軽く汗を拭いてあげる。
飲み物を飲ませて、おでこに冷えピタを貼ったあとに、体調について尋ねる。
「それで、体調の方はどうなの?」
正直あまり良さそうには見えないけど、と思いながら聞くと、
「なかなか熱が下がらなくて」
とのことらしい。
食欲もあまりないらしい。
それならば、と席を立つ。
「ちょっとキッチンを借りていいかな?」
──────────────
「さて」
一途に許可を貰ってキッチンを借りたので、早速作業を始める。
家で作ってきたスープをボトルから器に移して温めている間に、りんごの皮を剥いてすりおろす。
それから、おじやをタッパーから出して、卵をかけて加熱する。
最後にバナナやみかんなどのフルーツをお皿に盛って、お盆に乗せて一途のところに持っていく。
「お待たせ」
食べ物をお盆から、下ろしていく。
「これがおじやで、これがスープ。熱いから気をつけてね」
「それからフルーツをいくつか枕元に置いておくから、良かったら食べてね」
「おじやのおかわりはタッパーに入れて冷蔵庫に、スープはこのボトルに入ってるから食べられそうならどうぞ」
一途に負担をかけないようにテキパキと食器を並べていく。
「僕があんまり長居しても一途が落ち着いて休めないだろうから、僕はこれでお暇するけど、一途はちゃんと休むんだよ」
と言うと、は~いありがと〜と力のない返事が返ってきた。
僕は、少し後ろ髪を引かれながら、一途の家をあとにした。
──────────────
「はぁ……」
やってしまった……。
一晩経って、私は少し反省していた。
いくら心配だったとはいえ、いくらなんでもお見舞いに持っていく量ではなかった。
一途もきっと始末に困っただろうと思うと、申し訳なくなる。
次に会ったら謝るとしよう。
それにしても、一途が隣にいないと、こんなにも静かに感じるものなのだろうか。
自分の隣には、いつも一途がいて、ころころと笑っていた。
それが今日は、しんと静まり返っている。
「花織ちゃーん、お〜い」
待ち焦がれた声に、反射的に顔を上げる。
すると、通りの向こうから一途が駆け寄って来ている。
病み上がりにいきなり走ったりして!と思いながら一途を迎える。
「おはよう一途、もう大丈夫なの?」
と問えば、
「おはよう花織ちゃん!もう元気!」
と明るい笑顔が返ってくる。
確かに、もう元気そうだ。
「元気になったのは良いことだけど、病み上がりにいきなり走るのは感心しないよ」
と一応釘を差しておくと、
「えへへ、ごめんね。
花織ちゃんがいたからつい……」
としょぼくれてしまった。
「でもまぁ、ほんとに元気になって良かったよ」
しまった、と思って慌ててフォローを入れると、
「うん!花織ちゃんがくれたお見舞いのおかげかも!!」と。
一途のその言葉に、沈んでいた心がそっとすくい上げられた気がした。
一途は、いつものように僕の隣に立って歩き出す。
次に星を見に行く時は、温かいスープでも持って行きたいね。なんて言って笑う彼女は、まるで懲りた様子はない。
あんな寒いところに連れて行かれるなんて、と愛想を尽かされても仕方ないと覚悟を決めていたのに。
そんなことは微塵も気にしていないといった様子の彼女の姿を見て、僕は気づく。
今までは、星を見に行っただけで3日も寝込んでしまうような、そんなか弱い彼女を、僕が守ってあげなくてはいけないと思っていたのだ。
しかし、そうではなかった。
彼女の存在に守られていたのは僕の方だった。
彼女がいないことであんなにも心が沈み、彼女がいるだけでこんなにも心が晴れる。
僕はどれだけ思い上がりをしていたのだろうと、なんだか恥ずかしくなって、一途の頭を軽く撫でる。
動揺して顔を赤くする彼女の姿に笑いながら、手を伸ばせた触れられる距離にこの子がいる幸運に感謝した。
2人 しゆ @see_you
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