逢瀬
しゆ
5作目
ある日突然、声が聞こえるようになった。
洗濯物を畳んでいる時、階段を登っている時、夜中にお布団に入った時。
その声は決まって、私が1人でいる時に聞こえてきた。
「ちゃんと洗濯物を畳んでて偉いね」
「転ばないように気をつけるんだよ」
「素敵な夢を見てね」
最初は、幻聴かと思った。
聞こえてくるその言葉はまるで、私の恋焦がれる花織ちゃんのそれのようだったから。
現実には存在しない、憧れの恋人。
その幻を追い求めるがあまり、とうとう聞こえもしない声を創り出してしまうようになったのかと、私ははじめはその声を聞き流していた。
もしも本当に幻聴なら、聞き流していればいずれは聞こえなくなるだろうと思ったから。
しかし、そんな私の予想に反して、いつまでたってもその声は私を追いかけ続けた。
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その日、私がその声に応えたのは、ただの気まぐれだったと思う。
「ほんとに花織ちゃんなの……?」
声の正体を問う私の言葉に、声の主の声が弾む。
「やっと応えてくれた!」
「そうだよ一途、僕は花織」
声の主は、花織と名乗った。
私も遂にここまで来たかと、ほんのちょっと自分に呆れながら、私は「花織ちゃん」に話しかける。
「花織ちゃんは私の妄想の中の存在のはずなのに、どうやって私に話しかけてるの?」
私の疑問に、「花織ちゃん」は笑いながら答える。
「ふふふっ、それはね、僕がキミと話したいと思ったから……かな?」
「それよりも一途、せっかくこうしてお話出来るようになったんだから、もっと楽しくお喋りしようよ」
上手くはぐらかされてしまったけれど、確かにその通りだとも思う。
せっかく花織ちゃんと話せるようになったのだ。
この機会を逃す手はないだろうと、私は自分の欲に従うことにした。
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その日から、私と「花織ちゃん」との、奇妙で楽しい共同?生活が始まった。
「おはよう一途、今日はすごい寝癖だね」
「えぇ~嘘!?恥ずかしい……!!」
……
「今日は夕方から雨みたいだから、ちゃんと傘を持って行くんだよ」
「は~い、ありがとう花織ちゃん」
…………
最近の私は、「花織ちゃん」の声と、当たり前のように会話をするようになっていた。
そもそも、大好きな人から話しかけられているのに、それを無視し続けるだなんて、土台無理な話だったのだ。
その証拠に、「花織ちゃん」とお話しするようになってからの私は、とっても充実している。
今までは、時々しか話しかけてくれなかった「花織ちゃん」の声も、近頃は、私が1人でいる時はいつも話しかけてくれるようになった。
こんなに幸せに暮らせるのなら、もっと早く「花織ちゃん」の声に応えておくんだったと、私は少し後悔した。
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「ねぇ一途、会いたいね」
最近、「花織ちゃん」はしきりにこの言葉を口にするようになった。
会いたい。
その気持ちは私も同じだ。
なのに何故か、私はその言葉を口にできなかった。
「私も会いたい」
その言葉を口にしてしまうと、何かが壊れてしまうような、そんな予感が私の口を塞ぐ。
「ねぇ、一途は僕に会いたいって思ってくれないの?」
「花織ちゃん」の悲しげな声に、私は慌てて答える。
「ううん、そうじゃない!違うの!!」
「ただ……」
どうしても、会いたい、という言葉を口にすることが憚られて、私は口ごもってしまう。
「ねぇ一途、お願い……。お願いだから、会いたいって言ってよ……」
「花織ちゃん」は、泣きそうな声で懇願する。
弱々しく震えるその声に、私の心も揺らぐ。
花織ちゃんが悲しんでいる。
私が口を閉ざしているから。
「会いたい」
ただこの1言を言うだけで、最愛の人を悲しみから救えるというのに、何故か私の口は動かなかった。
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その日は朝から雨が降っていて、私の部屋にも仄暗い影を落としていた。
花織ちゃんに会いたいと言えなかったあの日から、花織ちゃんは話しかけて来なくなった。
花織ちゃんが話しかけて来なくなってから、今日で3日。
私は、喪失感に飲み込まれそうになっていた。
まだ3日しか経っていないのに、「花織ちゃん」と2人で過ごした充実した日々が、遠い昔のことのように感じる。
あの時、たった1言「会いたい」と言えていたら……。
私の心に後悔の念が積もっていく。
瞳が潤んで視界が歪む。
「泣かないで、一途」
不意に聞こえた声に、勢い良く顔を上げる。
「……!!花織ちゃん!!」
「ごめんね一途、しばらく会いに来られなくて」
「ううん、良いの。また来てくれたんだから!」
久しぶりの花織ちゃんとの会話に、思わず声が弾む。
「今日は、お別れを言いに来たんだ」
「ど、どういうこと?お別れって……なんで!?」
突然告げられた別れに、頭が真っ白になる。
「もともと、僕はこの世界に生きる人間じゃない」
「キミとこうしてお話ししていられる時間には限りがあったんだ」
花織ちゃんは静かに語る。
「だから、このままではもうすぐキミに会えなくなる」
「そんな……そんなの嫌だよ!」
急に突き付けられた現実に、涙が零れそうになる。
「僕も同じだよ、僕も一途に会えなくなるなんて嫌だ」
「ねぇ、どうにかならないの?」
私は、藁にも縋る思いで問う。
「方法はあるよ」
「本当に!?」
「うん。……実はね、一途の世界に会いに行ける肉体を造ったんだ。」
「一途がたくさんたくさん愛してくれたおかげだよ。」
「一途のおかげで、魂だけの存在だった僕にも身体が出来たんだ」
「一途の愛に育ててもらったこの身体で、愛しい貴女に会いに行きたい」
「花織ちゃん……」
「でもね、そのためには一途に僕を招いてもらわないといけないんだ」
「僕は、誰かに招かれないとそちらの世界に行けないから」
「だから一途、お願い」
「お願いだから、会いたいって言って」
花織ちゃんの縋るような、懇願するような声に、私は…………
「────!!」
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その日を最期に、私と「花織ちゃん」との奇妙な日常は終わりを迎えた。
この選択が本当に正しかったのかは、今でも分からない。
ただ1つ言えるのは、
私が今、この選択に後悔していないということだけだ。
〜終〜
貴女がどういう選択をしたのか、その選択によって、どのような結末を迎えたのか、そもそも貴女が会話をしていたのがいったい何者だったのか。全ては貴女のご想像にお任せします。
逢瀬 しゆ @see_you
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