第3話 看病

「どう? 少しは良くなった?」


 花織が風邪をひいた。珍しく。自分の管理もしっかりしていて、どちらかといえば人の看病をしているイメージの強い花織が。

 いつもはキリッとしている顔も、今日は弱々しく、幼く見える。


 「おかゆ、作ってきたけど食べれそう? 食欲、あるかな」

 「うん、少しは食べれそう」


 私の好きな声も、少しかすれてしまっている。


 「珍しいね、花織が風邪なんて」

 「うん、まあ、ちょっとね。心当たりはあるんだ」


 少しバツが悪そうに目をそらす花織。何して風邪を引いたの?と聞くと、いつもは必ず私の目を見て話してくれる紫水晶色の目が、右往左往していた。


 「笑わない?」

 「どうして?」

 「どうしてでも。絶対に笑わないでね? 絶対だからね?」

 「笑わないよ。でも、自分のこと大切にしてなくて無茶してたならちょっと怒るかな」


 「えと…その…ね? 一途、来週誕生日、でしょ?」

 「まぁ、うん。そうだね?」

 「誕生日のプレゼント、何にしようか悩んでて…。駅近のお店のショーウィンドウを観ながら考えてたら、その、二時間くらい…経ってたみたいで」


 つまり、この恋人は。


 私のために寒空の下二時間も考え続けたと。



 私を想ってくれていること。時間忘れるほど考え込んでいる姿を少しかわいいと思ってしまうこと。もうちょっと体を大切にしてほしいちょっとの怒り。でもやっぱりうれしい気持ち。


 いろんな感情がない混ぜになって出てきたのはプフっという小さな小さな笑いだった。


 「----------------------」


 瞬間、熱で赤くなった顔がさらに燃え上がる花織。

 声にならない悲鳴を上げて顔を布団に隠してしまった。


 「わらわないっていった!わらわないっていった!」

 「ああ、ごめんねごめんね? おかしくて笑ったわけじゃなくて。可愛かったから」


 何度か声をかけるも花織は籠城の構え。出てくる気配がなかった。


 「花織、ごめんね? ほら、おかゆ冷めちゃうから。ね? 花織ちゃーん、いい子だから出ておいで〜」


 やっと出てきた。でもまだ顔半分。熱のせいなのか、その瞳は潤んでいる。


 「食べさせて」

 「え?」

 「食べさせてくれるなら、出る」


 ようやく布団から上半身まで開城させることに成功し、体を起こしてから何度か息を吹きかけて冷ましたおかゆを口へと運ぶ。


 目をつむって口を開けてこちらを待つ姿は、なんだか巣立ち前の雛鳥みたいで、いつも見せない幼さを感じさせた。


 「んむ、おいしい」

 「おかゆなんて、誰が作っても一緒だよ」

 「じゃあ、一途が作ってくれたからかな」


 こっちが赤面する番になった。





 花織がおかゆを食べきるまでにそうは時間がかからなかった。これだけ食欲がしっかりあれば、すぐに良くなるだろう。


 「じゃあ、私行くね? 何か欲しいものある?」


 そう言って立ち上がると、きゅ、と袖を摘まれた。


 「…いかないで。…さみしい」


 目線はやはりこちらを向かない。でも、耳までゆだっているのは丸わかりだった。


 この恋人は、私の恋人は、私の何が欲しいかという答えに、直接言葉にせずとも私だと答えたのだ。


 「花織ちゃん、今日は甘えたさんだね?」


 いつかの朝に彼女に言われた言葉。そのまま彼女にお返しすると、またも花織は布団の中に籠城してしまった。


 いたずら心が目覚めた私は、布団の中に手を突っ込み彼女の手を捕まえる。


 逃げる彼女の手だったが、指を絡ませるとおとなしくなった。


 なんだろう、この何とも言えない征服感は。指先から伝わるぬくもりが、ひどく愛おしい。


 軽くぎゅ、と手を握ると、おっかなびっくりきゅ。と握り返してくる。


 ぎゅっ、ぎゅっ、と握ると、きゅ、きゅ。と。


 この奇妙な伝言ゲームは彼女が眠りにつくまで続き、私はしっかりと風邪を引いた。

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