帰る

起き上がる

第1話帰る

俺は、スマホを見ながら電車を降りた。改札口に向かうと見覚えのある背中を見つけた。離婚した妻の後ろ姿だった。こんな年末に何故?この駅にいるのだろうと思って見ていたが歩いている方向が違うので安心した。ここからさらに電車二本乗り継いで実家まで行く。最寄りの駅まで父親か母親が車で迎えに来てくれる。電車の中はがらんとしていた。実家は有名な観光地にある。電車を降りて改札口に向かう。外には見覚えのある車が停まっていた。父親が運転席に母親は助手席に座っていた。車に近くと助手席の扉が開いて母親が、「わたしはこれから病院だから。」と言って降りた。俺は、母親の座っていた助手席に座った。「ありがとう。」と運転席の父親に俺は言った。「ん。」とだけ父親は答えて車を発進させた。車の中から有名な神社に観光客が並んでいるのが見えた。「邪魔だな。」と父親が呟く。俺は、元妻らしき人を見たと父親に話した。父親は「本当?」と尋ねて来た。「たぶん。」と俺は答えた。マンションに五分ほどで着いた。山奥にマンションはあった。


何でこんな不便な所に引っ越して来たのか不思議だったが、実家は実家だ。マンションの中は広くて別荘として使っている人もいる。父親は、ノートパソコンを覗いて株の動きをチェックしている。俺は、畳の部屋に荷物を置いて母親が用意してくれた部屋着に着替えた。そしてテレビをつけて映画を見始めた。二時間ほどして母親が病院から帰って来た。「朝ご飯食べてないんでしょう?」と俺に聞いて来た。テレビを消して俺は「うん。」と答えた。


次の日、父親が風邪を引いた。七十四歳の父親は最近、老け込んで来た。トイレに行っては寝室に戻っては寝るといった具合である。「介護は、嫌だよ。」と俺に背中を丸めて歩く父親を見て母親がため息混じりに言った。元妻の話しをすると母親は、「短期バイトでもしてるんじゃない。」とあっさりしていた。夜、父親をお風呂に母親と俺は入れた。「悪いね。」と言いながら嬉しそうに父親は笑った。「本当よ。」と母親は厳しい。父親がこんな弱っている所を俺は見たことがなくて少しショックだった。


年が明けると父親は風邪が治って一緒に駅伝を見ていた。スポーツの話しを俺と父親はした。「最近の日本人はスゴいな。」と父親は言って俺を見つめていた。母親とは三回ほど散歩しながら買物に行った。母親は、父親と違ってヨガ、体操、保養所の手伝いをしているからか元気だ。しかし、俺が一人暮らしの部屋に帰る二日前に体調を崩した。手首が腫れ上がっていた。俺がリビングでテレビを見ていると「寒い、寒い。」と言って寝室から出て来た。その様子に俺はびっくりした。「お湯沸かして。」と言われて俺は母親が使っている湯たんぽの中にお湯をキッチンで流し込んだ。次の日、母親は父親に車で病院に連れて行ってもらった。手首は、何とも無かった。


俺は、実家から一人暮らしのアパートに帰る日になった。父親に年末年始分の食費を渡して最寄り駅まで車で送ってもらった。「東京にそろそろ行くか。」と父親は車の中で呟いた。父親の生まれは東京だった。たまに、遊びに行っている。駅に着くと「またね。」と俺は言って車から降りた。電車を待っていると何故か年を取った父親と母親を愛しいと思った。



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帰る 起き上がる @ken3130

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