56Peace 「心底の動物」

「孤独の味を知った鬼」

 『ただの望みも諦められず』

「外付けの信念は鉛か宝石か」

 『ここまで引き伸ばしにして招いた』

「私めは頑固な石灰石になって衝突する」

 『もう何も失わせない』

「四大元素を生命アルケウスに置換する」

 『運命の扉をコブシで奏つづける』

 2つの意志を併含したままで。血液を漏出させる肉塊は、地球を超越する法則で更なる融合を始めた。


 地下に到達したときティネスは気づいた。

 泥の人形、未完成の硝子細工。超大な木偶の棒。

 見た目はそういう半端な幾何学のUMAでしかない。これは吸血鬼じゃない、なんの塊だ?

 一目で思うも、たった一拍子ティネスが武器で切抜くときに変質した。

 それはティネスの武器が口で噛んでまったく止まってしまった。

 変質と形容することが、確かに極めて妙だった。

 山羊の角が3つ。顔は耳が顎まで垂れたベンガルヤギ。そして牙。体はのっそりしたコウモリとトカゲの中間のようで、肢体は魚類の水かきか鳥類の翼膜か曖昧だ。

 悪魔の下半身はまだ見えない。

 悪魔は黒い木偶の棒の塊から、自らを守るために蛹のように脱皮したのだ。それでいてまだ体毛や角は生まれたての小鹿のような赤い粘液で覆われている。

 悪魔はティネスの武器を口で受けながら叫びたかった。「邪魔されてたまるか」と。

 まだ小数点と数秒の距離があったグレイは最初から若干逡巡していた。「私より早くて強い男がここにいるな」と、それでいてこの男を物的に雑に利用することに抵抗がなかった。

 グレイは言葉を発する時間を惜しんだ。そして効率にディミトリを組み込んで、挙句グレイは信頼という繋がりを手綱のように振るった。

 ディミトリとの間にはなにも会話が無かった。打ち合わせもなかった。ただグレイがディミトリにアクションを起こした。

 ディミトリはそのアクションを受けて察した。

 ワイにもう一度、を使えと促しているんだ。と理解した。

 もともと、このディミトリはこの力を買われて、以前の国では近衛騎士隊長を任されていたのだ。

 しかも実際にこの時、ディミトリはゼウス由来の雷電を受けていて、行動や状況が三女神と親和性が強まっていた。

 ディミトリはグレイに応えた。

 それに本当はティネスを今すぐ殴りたい。とも考えていた、その気持ちの分も悪魔にぶつけたいと感じて動いたのだ。

はじけアトロポス」

 ディミトリの内的詠唱はシンプルだった。

 ディミトリは、孵化した悪魔を両断した。

 これを形容するとしたなら。現実が先に来てその過程を断ち切った。とするべきだ。

 この力は厳密に言えばマルクス主義、現実優先主義の側面を持っていたが、三女神モイライから発展したストア派哲学の運命主義に一部離反するが、余白として、一柱のアトロポスも性格として寛容に授けた力だった。

 モイライとアストライアーは姉妹関係にあった。今、偶然にもゼウスの子が共闘している。

 放電でグレイが甲冑に帯電させた、これは磁石の反発力を利用している。ゼウス的電磁力でアトロポスの力は最大限に発揮された。

 ディミトリの持つティネスの剣は帯電した。ディミトリは甲冑と武器の身体の制御に奥歯を強く噛み締めさせられていた。

 言うなれば、これは超時空断裂的瞬間帯電断刀だ。

 そしてディミトリも内的に叫んだ。「これは殺された子供の分だ」と。

 この戦いは思想の戦いでもあるのだ。


 悪魔は再び現れた。

 尽く、悪魔は自身を動物だと定義していた。

 それは天変地異が起きたとしても、神の雷に焼かれたとしても、心底の根っこから悪魔として生粋の動物である。

 ブラッドに限らない。

 悪魔とは、人間とは別の生き方で地球を歩く生き物だ。

 だから狼のように、できる限りの力で生きようとする。志があるのなら尚のことこの世で足掻くのだ。

 悪魔とは、如何なる因果刑数ルールにも束縛される動物である。

 悪魔は叫ぶ。

「私めの悲願を妨げないでくれ! どうにか道を退いてくれ!」

 

 私めは長期的計画を立てていた。

 そこへ必須な神父とは上手くやれているはずだった。

 当時は同意の意味だと考えていた、子供から魂を抜くときに黙っていた行動は、観察とは異なる意味だったことが、この結果から解る。

 だからといって私の悲願を諦めることはできない。

 錬成実験は最終段階にきていた。

 あと二万人も魂を焼べると主人パラケルスス様の顕現はたやすい。

 私めは、今止まるわけには行かない。身を断ってでも、成し遂げる意味があることだ。

 因果刑数はすでに背水に迫っている。

 だからこそなんでも使うべきだ。

 私めは止む終えず、神父の残滓を再利用して顕現した。

 まず目の前の三人を殺せば、あとは早いはずだ。


 焼き消えた悪魔を背に、地下から上がると。

 俺はとても信じられない姿を目撃した。

「神父様! 復活できたんですか?」

 嬉しかった。

 吸血鬼じゃなかったら、泣いて喜んでハグしたはずだ。

 ……それくらい慕っていた人だから。

 ただの一歩踏み出して、気づかされる。

 俺よりも嬉しいはずのグレイが俺を追い越さないことに別の言いしれない、どこか畏敬の雰囲気のような、取り返しのつかない出来事の最中にいる、コワさを肌感が言っている。

 察して止まる。

 でも確認する。

 確認しざる負えない気持ちがそうさせた。少しでも神父様の回復を信じられるなら、そうしたかったからだ。

 自分で口が震えていることを自覚して抑えられない。

「どうしたんだ?」

 思い出すのは、神父様の自我が悪魔と入れ替わる、瞬間のできごとだった。

 「私は愛と家族と信仰に生きたぞ!」

 声が今も響いている。

 最後まで、神父様は神父様として、父として生きていた。

 悔しかった。

「あれは全然先生じゃない、死にぞこない」

 グレイは固い表情と、心底から怨めしい目で悪魔を見つめる。

 ディミトリが地下を上がってきて察する。

「付き合うで最後まで」

 グレイの肩を撫でるような力で二回タッチした。

「次こそ最後だよな」

 俺が、言いながらチャクラムで構える。

 指を開き切って片手で三個ずつ、直径18cmで作った六個を。肩幅に開いて中腰にかがんだ足の、膝の横にする。

 絶妙さが必要な、支援の構え。

 俺は内心でもう一度叫んだ。

「畏れるな、常に理解しろ」

 そして――翼になれ。

 2人は早かった。

 今度はディミトリとグレイで磁石のように、引き付けと反発を繰り返して入れ替わりながら行く。

 ディミトリの、レールガン的な弾丸攻撃は応用も常用可能だった。

 俺はすでにチャクラムを投げていた。投げるのは複雑な手触りが必要だった。

 違和感があった。チャクラムの操作についてじゃなく、悪魔の動きについて、まったく身じろぎも動かない。

 観察していると、悪魔が神父様の姿でカエルのような大口を開く。

 紙薬莢の弾丸を吐き出したときを連想した。

 止めなきゃいけない気がした。

 俺はグレイとディミトリの中間地点に杭を作って、帯電させる。

 予想が正しければこれが磁石になって引き寄せることができるはず。

 予想は正しかった。

 杭をさらにこちらへ寄せる。

 2人を近くまで引き寄せられた。

 もうひとつ、予感も正しかった。異常が起きたからだ。

 2人も気づいた。

 最初、訝しむ目を向けた2人だが、それは驚いただろう。

 光景に釘付けになった。

 それは、空中に飛来したチャクラムの群も瓦礫も、その広い範囲が黄金になっていた。

 感じた錯覚がある。

 音もなく、停滞したような空間に、黄金が置き去りにされているような錯覚に陥った。錯誤だ。

 対比的に華奢で慎ましい、地面に刺さった短剣と、そこに立つ神父様だ。

 よぎった言葉は「黄金郷」。

 悪魔は言った。

「理解してくれ、恩人に生きて欲しいだけなんだ」

 ほんとうに。

 恋人と会いたい、そんな淋しい顔で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る