第3話

「もしもし」


『はい、もしもし』



ああ、大丈夫だった。確かに仕事のミーティング中だって話せた時があるし、気にしすぎだったのかもしれない。思ったよりも普通に声が出たことで少しホッとして、話を続ける。



『何かありましたか?』


「ああ、ごめん。なんか用事があった気がするけど思い出せなくて」


『え、なんだそれ。珍しいですね』



電話の向こうで笑う柊也に、つられて俺も「ごめん」と苦笑いを漏らした。



『体調、大丈夫ですか?熱は下がりました?』


「ああ、熱は下がったけど、声だけまだ出にくいな」


『大事にしてくださいね』


「…ありがとう」



その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。そして、次の瞬間、喉の奥がひゅっと鳴った。


――この声。この優しい声を聞くと、俺は。


そうだった。俺が声を失うのは、柊也が優しさに溢れた言葉をかけてくれた時だ。どうしよう。自分の声が掠れていく感覚に焦る。



「…、…ぁ、………ひ、…柊也」


『碧斗さん⁉︎』


「あ、…かはっ、…」


『待ってて、すぐ行きます』



電話越しに焦った柊也の声が聞こえる。俺はそんな彼の声に、またしても迷惑をかけてしまったことを痛感し、顔を手で覆った。


数十分後、バンッと玄関のドアが開く音がして、柊也が駆け寄ってきた。



「碧斗さん、大丈夫ですか!?」



俺を見た瞬間、柊也の整った顔が苦しそうに歪む。手早く俺の体を支えながら、優しく声をかけてくれる。



「昴さんが近くにいるって聞いたので呼びました、すぐ来るから頑張って」



俺の手を握りしめる柊也の手は温かく、それがまた申し訳なさを募らせる。



「ごめん、また迷惑かけた」


「気にしないでください。僕は大丈夫ですから」



柊也の顔がどんどん歪んでいく。そんな顔、しないでくれ。心配が滲み出たその顔に手を伸ばしたかったが、体が思うように動かない。そして、ここ数日眠れていなかった反動か、襲いくる眠気に俺は抗えず――。


最後に見えたのは、柊也の泣きそうな笑顔だった。

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