第16話 平行線

 複数人の足音が近づいてくる。

 ホワイト医師はクイーンに肩を貸しながら、ガラス容器の間に身を隠した。足音は、部屋の中心通路の反対側から近づいてきていた。


「ヒメコ、ヒメコしっかりしろ。こっちを見るんだ!」

 放心するクイーンの頬を、ホワイト医師が叩く。顎をつかんで視線を自分に向けさせる。

「新手が来た。このままだと共倒れになってしまう。私が引き付ける。君はその隙にどこかに逃げるんだ。いいね? チャンスは必ず来る。だから今は引くんだ。やけにはなるな。生き延びればまた戦える」


 ホワイト医師はクイーンの額にそっと口付けをすると、立ち上がって音のする方に歩みを進めた。


「あっ、まって。置いていかないで……」

 遠くなるホワイト医師の背中に手を伸ばす。また一人、自分から離れてしまう。クイーンは目に涙をためながら後を追いかけた。 



***



「さて、タカミ君はどうなったかね?」

 白い肌の大男カダスマが、カムノ主席研究員に確認した。彼が歩みを進めるごとに、部屋の照明が明かりを灯す。

「ご命令通りに処理させました。ベータへの指示伝達は良好です……」


「何か気になる事でも?」

 カダスマがその黒一色の目でカムノを見る。

 スキンヘッドに大理石のような白い肌の不気味な容姿に、カムノは怯みながら返事をする。

「いえ、本当に彼の処理は必要だったのかと、少しだけ思っただけです」


「それは仕方のないことだ。彼は重大な背信行為をした。処分は免れず、与えてやった最後のチャンスを活かしきれずにアルファ実験体の捕獲にも失敗。それならばせめて、調整をしたベータの練習台になってもらうのが彼にとってもいいことだろう。そう思うだろう! そろそろ出てきたまえ!」

 よく響く低い声で、カダスマが呼びかける。老人の強化された聴覚は、付近に潜んだ人間の息づかいや足音を感じ取っていた。


「わかるぞ。緊張しているな。私には、君の鼓動の速さが、筋肉の動く音が、はっきりと聞こえるぞ。隠れても無駄だホワイト」


 通路の左側に設置されたガラス容器の陰に隠れていたホワイトが、慎重な足取りで姿を晒した。


「ずいぶん耳が良い。七年前と見た目は変わっていないが、中身は相当にアップグレードしたようだな。ミスター」


「そういう君はずいぶんと老け込んだ。町医者の暮らしは健康に悪いとみえる」

「若作りをしすぎなんだ。あんたたちは」

 言葉を切り、ホワイトは拳銃をカダスマに向けた。

「答えろ、ここは、この部屋で容器に浮かぶものは何なのか」


「知りたいか? そんなに? もう気づいているのじゃないか? それでも?」

 白い大男は口角を吊り上げた。心底楽しそうにガラス容器に触れる。

「コホン、それではお教えしよう。ここにあるのは、全て失敗作だ。君が保護していた子どもたちのね。あの火災の時、子どもたちが死んだと思っていた。だからその代替品を生み出す必要があったのさ」


「それじゃあ、やはり、ここにいるのはヒメコとジャックの兄弟なのか。こんなに大勢…… だが何のために? やはり理由がわからない。子どもたちを兵器として造り出したことは知っている。だがなぜそれほどまでに子どもにこだわる。生体兵器が欲しいだけなら、いくらでもやり方はあったはずだ」


「兵器か。そんなものはただの方便。もともとそんなのは隠れ蓑だったのだよ」


「えっ?」

 ホワイト医師だけでなく、カムノ主席研究員も驚いた顔でカダスマを見た。


「ホワイト君。君の言う通りだ。生体兵器が欲しいなら、わざわざ人間の形にこだわる必要はない。人間よりも頑丈で強い生物は探せばいくらでもいる」


「それならばなぜ」


「血を残すため。すべては後世にわたしの血筋を残すためだよ」


「なに? なんと言った? 血を残す? つまりヒメコやジャックは、あんたの子どもだとそういう事なのか?」


「すべて人工子宮での受精から出産となるが、間違いなくふたりは私の血縁だ」

 カダスマは満足そうに肯定の頷きを返す。


「子どもを得るためだけにこれだけの犠牲を⁉」

 驚愕と嫌悪の感情がホワイト医師の胸中に広がった。老人の口ぶりは子どもそのものが目的ではなく、その後に残る血筋こそが重要であると言わんとしているように感じられた。


「得るためだけにと言うがね、繁殖は生命にとって最優先の事由ではないか? 今時は金さえあれば誰だって遺伝子操作を子どもに加える。それと同じだよ」


「あんたの考えはどうであれ、これはやりすぎだ。命を、子どもの尊厳をなんだと思っているんだ!」


「なにを言っている。命? この部屋でガラス容器に入っている物のことか? 馬鹿馬鹿しい。こんな出来損ないの肉塊のどこに命があると言う。このすべて、一度も心臓を動かすことすらなかった。そんなものに尊厳などあるものか」


 ホワイト医師は老人との会話で認識のズレを感じた。おそらく、そもそもの生命に対する考え方そのものが異なるのだろう。


「それに、彼らにはわたしの血が入っている」


「それに、繰り返しになるが、彼らは私のDNAを継いだ子どもだ。親が子どもをどうしようと、それは親の勝手、部外者が口を挟むことではない。さあ、ヒメコを返してもらおうか」

「やはり子どもたちを渡すわけにはいかない。渡せば、あの子たちに幸せは一生やってこない!」

 言葉が通じても問答にならない。カダスマ・ゼンゴという老人は本当に良心の呵責というものを感じていないのだろう。それが生来のものなのか長生きをしすぎたせいなのかは分からなかったが、この怪物を生かしておくわけにはいかない。それだけは確実だとホワイトは判断した。


 拳銃のシリンダーが回転して弾丸が発射された。今日はじめて、ホワイトは明確な殺意を持って銃を使用した。


 弾丸が正確な狙いでカダスマの胸部に命中した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る