師走の大雪が降る日の話である。人里から遠く離れた山の奥、そこに一軒の、粗末な作りの掘建小屋があった。

 小屋の中は、至って簡素だった。こたつなどなく、壁や床はただ板が打ち付けてあるだけで、隙間から風が入ってきている。戸は建て付けが悪く、風が吹くたびにがたがたと音を立てている。二尺ぐらいの大槌が無造作に放り投げられており、その横には使い込まれた金床と、たまばしや火箸などがあった。


 その中に、一人の子供がいた。年齢は3つぐらいで、部屋の隅に寝っ転がり、横になって丸まって必死に寒さをしのごうとしていた。子供の体は小刻みに震え、歯がかつかつと当たる音が聞こえる。目の下にはくまができており、頬は痩せこけ、すっかり衰弱している。


 大雪の中、子は小屋の中で静かに泣きべそをかいていた。食い物もなく、母も父もいず、体は寒さのために凍え始め、足は霜焼けが始まっていた。子の心は限界点に達していた。がたがたと体は震え、目からは大粒の涙を流していた。そして、心からの言葉を、寒さのために満足に動かない喉を懸命に動かして、絞り出した。


「、、、おとうちゃ〜ん....!!」





「...はぁぁぁっ....!!!」


 そう叫んだところで、滝吾郎は悪夢から目を覚ました。こたつの上に顔を突っ伏した状態で、目には、夢の中の自分と同じく、大粒の涙が溜まっている、息は激しく乱れ、顔は冷風に吹かれたかのように真っ青になっている。滝吾郎は突っ伏した状態で目を閉じ、安堵のため息をもらした。そして呻き声をあげて顔を上げると、また目を閉じて、胸に手をおいて大きく深呼吸をした。そしてゆっくりと目を開き、自分が何をしていたか振り返り始めた。


そうだ、自分は寒い長屋でこたつに入り、銀兵ヱと口喧嘩をして、雪見酒をするために銀兵ヱが去った後に、こたつの上で眠りに落ちたのだ。そして、、、そこから先、あの夢についてははっきり覚えているが、思い出したくもなかった。過去の暗い記憶が、いまだに自分を縛りつけ、幻となって傷みつけているのだ、、、滝吾郎はこたつに両腕の肘を置き、頭を抱えた。最近は落ち着いたと思ったが、どうやらまたひどくなってきたようだ。


(もう勘弁してくれ...)


彼は目を閉じて、口をへ文字に曲げて、歯を食いしばった。しかし腕はカタカタ震えている。

必死に頭の中から追い出そうとするが、考えないようにすればするほど頭の中に、まるで水面にできる波紋のように広がっていくのだ。

しかし、障子の音が思いきり空く音で、一気に正気に引き戻された。


「よお、遅くなったな!」


音の主は、滝吾郎の親友、銀兵ヱだった。左手には酒を持ち、右手には菜っ葉や軍鶏などを持っていた。その後ろに、滝吾郎にとって見慣れた男がいた。年齢は41ぐらいで、頭は髷を結んでいて、顔は丸い。眠そうな目をしており、黄色い袖なし羽織に、抹茶色の着物を着ている。彼は滝吾郎と目が合うとニコッと微笑んだ。

この男もまた、銀兵ヱ、そして滝吾郎の親友であり、名を榎本孝衛門という。普段は町医者をしており、昼間は家を空けていることが多いが、一日に一回は必ず顔を見せにくる。


「お前、、、本当に来たのか。てっきり俺はまた外れてるんかと思ったんだが、、、」


「年末は休みさ。銀兵ヱが鍋をするっていうから、ついてきたのだ」


孝衛門はそういうと、気持ちよく笑った。彼はつかみどころがなく、何を考えているのかあまりわからない男だった。しかし、善人であることは間違いない。


そう話している隙に、銀兵ヱは勝手に家に上がり、いつの間にかたすきをつけて、何やら料理をし始めた。


「あ、、、!おい!人の台所で何を勝手に、、、!」


「なあに、下準備よ。おい、」


「ああ、鍋の準備は任せときな。」


「だから人の家で勝手に、、、! もお、、、、」

滝吾郎は肩を落としてため息を漏らした。と同時に、なんとも言えない安堵感に包まれていた。



やがて全ての準備は終わり、鍋も出来上がって、三人で軍鶏鍋を囲む。

孝衛門はすごい勢いで鍋を食っていき、それと同時に米も平らげていく。絵に描いたような大食いである。

そのおかげで米樽はあっという間に空となる。それを見た銀兵ヱは苦笑いしながら言った。


「お前本当によく食うよな、、、鍋全部食うんじゃないぞ」


「飯は食えるうちに食っておかなきゃあな。なあに、大丈夫だよ。

お前たちの分のこともきちんと考えているさ。」


「ならいいんだけどさ。」


銀兵ヱはそういうと、気持ちよく酒を飲んだ。


ふと、前の滝吾郎を見る。


滝吾郎は、先ほど悪夢にうなされたせいか、皿を持ち、はしを持つ腕を鍋に伸ばした状態で固まって眠ってしまっていた。骨の髄まで寝坊助である。しかしそれを見た銀兵ヱは、まるで愛おしいものを見るかのような目つきでフっと微笑んだ。

「可愛いやつだなぁ、、、」

孝衛門は口いっぱいに軍鶏を頬張りながら、頬に手を当てて満足そうに微笑んだ。

外はすっかり暗くなり、その闇を照らすかのように雪が降っていた。


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