龍砦長屋の三人組
坂田土太郎
年末
もう外の空気は、すっかり冷え切っていた。
空は曇り、今にも雪が降ってきそうな雰囲気だった。
普段は野菜を買い求める女、我が物顔で歩き、袖の下を要求する定町周、威勢の良い声で物を売る振り売りなどの姿は少なく、疾走する飛脚など、一部のものを除けば、皆家の中にこもって、それぞれの方法で寒さを凌いでいた。冷たい風が吹き荒れ、さらにもうすぐ年が明けるという、なんとも言えない憂鬱感も、町中に漂っていた。
中には羽織を着込んで、うどんの屋台に買い出しに行くものもいる。親しい仲間たちと共に、おでんの屋台に座り、内側から温まりながら、談笑にふけるものもいる。この不安定な時代に、沢山の人々が、色々な方法で少ないながらも確実に、
一人一人幸せを噛み締めていた。
江戸から外れた場所にある、巨大な長屋、龍砦長屋も、同じような雰囲気であった。普段は乱暴者が溢れかえるこの長屋も、今はすっかり大人しくなっている。どうやら豪快な江戸っ子も、この寒さにはとても敵わなかったらしい。
その長屋のうちの一部屋に、火鉢をつけ、ぬくぬくしている男がいた。その男は年齢は24ぐらいで、可愛らしい顔つきをしている。身なりは羽織を着込んで、さらにその上からどてらを身につけていた。そして、こたつの中に入って、その上に顎を乗せていた。滝吾郎は、障子からわずかに見える外の景色を眺めながら、頭を空っぽにして、夢の世界に入ろうとしていた。彼は一人は好まない性格で、いつも仲間を呼び寄せていたが、今日ばかりはその気力も湧かない。
「そろそろ、降ってくるなぁ、、、」
滝吾郎は空を上目で見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
滝吾郎がこたつの上でくしゅんとくしゃみをしたその時、何かの気配を察した。しかしその気配は、得体の知れない怪しいものではなく、いつも見知った気配だった。
(あいつがきたようだな、、、)
滝吾郎がそう思った次の瞬間に、障子が勢いよく、乱暴に開けられた。
「よお、やってるかい?」
そう切り出した男は、異形の見た目をしていた。首が異様に太く、頭が凸凹して四つに分かれていた。そして額には大きく、濃い茶色のいぼがあり、黒い着物に赤い羽織を身につけていた。これが銀兵ヱである。銀兵ヱは懐手をしながら、へらへらした口調で滝吾郎に絡んでいった。
「お前随分とあったかそうな格好してるなあ?ん?」
そういうと袖から腕を出し、大きな巨体を動かしてこたつの中に滑り込んできた。滝吾郎は迷惑そうな顔で、そして気怠そうな声で言った。
「ただでさえこのこたつが小さいのに、図体のでかいお前が入ってこられちゃ敵わないよ。」
「俺よりも背丈の高いやつが何言ってんだい。」
「今日という今日は、お前に突っ込む力さえも湧かないんだ。迷惑だからはよけえれよ」
「おいおい。せっかく寒い中こう顔を出しているのに、その言い草かい。この前なんて、夜更けに一人じゃ寝れないなんて理由で俺を呼んだくせに、、、」
「それ以上言ったらはっ倒すからな」
滝吾郎は目を鋭くして、銀兵ヱを睨んだ。その頬は少し赤くなっているが、きっとあったかいからだろう。
しかし銀兵ヱはその顔を見て、ますますふざけ出した。
「そんな愛おしい目で睨まれても、なあんにも思わんぞ?笑 大体おまえは殺す相手にもよくその目をするが、それじゃあ相手をただ誘惑するだけだからな?」
「うるさいんだよ!それ以上言ったらほんとに蹴り倒すぞ!」
「お柴に言ったらどんな反応するんだろうなぁ?へ、へへ、、、」
「この野郎、、、」
二人が言い争いをするうちに、外はさっきよりも雲ってきていた。長屋の中はさっきよりも行き交う人が少なくなっており、部屋の中に引きこもって暖をとっているらしい。
「おい、見ろよ、、、さっきよりも曇ってきた。こりゃいつ雪が降ってきてもおかしくねえな」
銀兵ヱは外を眺めながら言った。
「話を逸らそうとしてんじゃねえよ」
「なあ滝吾郎。たまには雪見酒なんてどうだ?ほら、孝衛門も呼んでさ!」
銀兵ヱは純心な子供のような声で言った。
「お前俺が酒飲めないこと知ってそれ言ってんのか?」
「殺しをした後に飲んだくれてるやつが何言ってるんでえ。じゃあ俺は孝衛門を呼んでくるからな。ついでに酒も買い込んでくらあ!」
「あっ!おい!待て!人の話を聞け!」
滝吾郎の叫びを聞かずに、銀兵ヱはスキップをしながら白い世界へ消えていった。
部屋にまた一人になった滝吾郎は、白いものが降る外の景色を眺めながら、一人考えに耽っていた。
「今年も、死なんかったなあ、、、」
滝吾郎はそう言うと、夢の中へ完全に身を任せ、くうくうと寝息を立てながら寝始めた。
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