第13話 髙佰小夜呼

髙佰たかつかさ家当主、小夜呼さよこと申します。

どうぞお入り下さい。」


田坂から聞いた通り  の

面談ではあるものの、声の感じは

想像していたよりもずっと若い。

てっきり、あり得ないぐらい高齢の

陰気な老婆を想像してたのに。


「失礼します。」促されて室内へと

足を踏み入れる。


行燈の間接照明が茫んやりとした

陰影を作り出すが、流石に当主の

居室だ。畳のへりの凝った刺繍やら

つるつるに磨かれた黒檀の柱やら。

鴨居や棚の透かし細工に至る迄、

物凄く金をかけているのがわかる。

 座布団ひとつ取っても金糸銀糸が

ふんだんに使われていて、まるで

着物の様な豪華さだ。その座布団の

前に置かれた漆塗りの御膳には、

椿の蒔絵が施されていた。


「お名刺を差し上げたいのですが。」

あり過ぎるを縮めるべく言う。

だが、返事の代わりに例の使用人が

漆塗りの盆を持って来た。

「…。」一瞬、横にいる田坂を見る。

「……。」置け、と。ヤツが視線で

訴えてくる。既に同様のくだりを

やっているからか、ビビりのくせに

妙に落ち着いてて何かムカつく。


「その御盆の上に頂戴致します。」

御簾の向こうから、小夜呼が言う。

いにしえより 死人返し を扱って

おります故、御容赦下さいませ。

が移ってはなりませんから。」

「あ…いえ。」何と答えればいいか

分からず、取り敢えずお茶を濁す。

「ご存知かと思いますが、髙佰家は

卜占を生業にしております。ですが

それだけでは、流石にここまでの

蓄財は出来ません。」「…。」


名刺を取りに来た使用人とは別の

男が、お茶と和菓子を運んで来て

無言で目の前の御膳に置いて行く。

煎茶と、椿の花を模した

あの不気味な左前の 死装束 は

この屋敷の  なのか。



 矢張り、ここは 彼岸 だ。



竹藪の入口には鳥居があった。そして

緩く時計回りに傾斜している竹藪の

小径。それはぐるぐると渦を巻いて

屋敷へと誘い込む。

           否


これは何かを抑え込む 渦巻紋 だ。

死と再生の象徴。解放すると同時に

抑え込む。或る種の 


  しかも、この屋敷。


ここに来るのに薄暗くて長い廊下を

延々と歩かされたが、途中で何度も

折れている。所謂 籠目紋 か。


此処『神隠し屋敷』のに一体何が

あるというのだろうか。気になる。

めっちゃ気になる!だがそれはそれ、

今は商売の話をしに来ているのだ。

しかもこれ又、デカいニーズがまさに

目の前にある。

        マジで怖え。


 ラッキー過ぎて、逆に怖くなる。



「当行には、大変に長い御愛顧を

賜っていると伺っております。

江戸の頃から卜占を営まれて、その

精度の高さによって政財界に多くの

顧客がいるとも聞いておりますが。

 死人返し…ですか。寡聞にして

存じ上げず、お恥ずかしい限りです。

それは一体、どういったもので?」

「…。」隣で田坂がかけてくる圧が

凄ぇ。俺は大体が 直球 で行く。

だから聞きたい事はストレートだ。


「死人を生き返らせる。読んで字の

如くですよ。元々、卜占をしながら

日本各地を転々とする 歩き巫女 が

この地で出会った 高名な術者 に

師事した。それが 髙佰家 の成立なりたち

聞いております。」朗々とした厳かな

声は、途轍もない話を淡々と語る。

「それ、もしかして『天海僧正』の

事ですか?!江戸城を風水の理論で

設計したという…!」思わず身を

乗り出して田坂に背中をつねられる。


「…っ。」俺とした事が。


「よくご存知ですこと。四神相応。

上野、本郷、小石川、牛込、麹町。

更に麻布と白金台の延長線が交わる

土地に、江戸城の本丸を置くようにと

進言したのは天海僧正でした。」

「……。」謎が多い天台宗の僧侶で

安土桃山から江戸にかけて暗躍した

人物だ。表に出て来るところでは

江戸城の、もとい東京の礎を築いた。

だが裏では禁呪を扱ったとも百歳以上

生きたとも言われている。


「主に髙佰は『泰山府君』に係る

祭祀をして参りました。『小夜呼さよこ』と

いうのは代々の当主に冠せられる

呼称なのです。死の國へと下る筈の

霊魂を此処に呼び戻す。」「…ッ!」

「…。」横で喉から変な音を出す

田坂を今度は俺が睨んでやる。

「それ、マジですか?」「藤崎ッ。」

「?」「今日はそういう話は…な?」

何だよ、向こうから態々開示して

来たんじゃねえか。


「例えば、車に轢かれたてんがいる。

それを生き返らせたりとかも?」

「…てん……ですか?」小夜呼の声に

戸惑いが滲む。「テン…って、藤崎!

お前それ『シタミデミタシ』のッ!」

田坂がで言う。昨年の忘年会で

撃沈した漫才のリベンジを狙う為に

コイツと一緒に動画で見た新ネタだ。

「…てん、とは一体でしょうか?」

どうやらこの女、貂を知らねえのか。


「それは生き物です。肉は鶏肉よりも

蛙に近い…と、言われています。」

「鶏肉よりも…蛙に近い?」小夜呼は

更に戸惑った様な声を上げる。

「逆だろ、普通。何でにフォーカス

すんだよ!」田坂…オマエって奴は。

黙ってられずにツッコミやがった。

やっぱり俺が ボケ担当 なのかよ。

「ふふ…ッ。」「…?!」御簾が

微かに揺らめく。「ふっ…ふふふ。」



どうやら俺らは  を

笑わす事には成功した様だ。






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