第12話 神隠し屋敷
藤崎の機嫌が格段に良くなったのは
奴のアホみたいに軽い 足取り で
嫌という程に分かる。「……。」
俺は無言で、その斜め後ろから
不承不承について行く。
まるでガキだな、スキップまでして。
そう思うと、呆れた笑みが漏れる。
それにしても流石はスーパースター。
よくこの『神隠しの竹藪』の
気がついたものだ。
以前、単独で此処を訪れた時には全く
気付きもしなかった。いや、実際
竹藪の 異様さ に気付いてはいた。
気付いても、そこで終われば結局は
端から気が付かないのと同じ事だ。
そこがコイツと俺との決定的な差。
一年坊主の頃から分かっていた事だ。
分かっていたからこそ、俺はコイツを
一生涯の
もし。藤崎の征く道に 障害物 が
生じるならば、俺は全力で ソレ を
排除する。そして完膚なき迄叩き潰す。
何故なら奴の征く道こそが俺自身の
道でもあり、俺達が敬愛する 頭領 の
指し示した道だからだ。
「優斗ッ!」突然、奴が振り返る。
「な…何?」「…出たぞ、見てみろ。
アレの事だろ?『辻占』…ホントに
いきなり目に飛び込んで来るよな!
あれが四ツ辻って事は。右に曲がれば
件の『神隠し屋敷』があるって事か。」
本当に、心底嬉しそうに言う。
瞬間、バサバサッと近くの竹の葉が
派手に揺れた。「…ッ?!」
ひょぉ ひょぉ ぉ
「ナニ今の。」頭上の竹の葉が更に
揺れて、中から赤茶けた縞模様の鳥が
滑空して、向かいの竹藪へ飛んだ。
「
「鵺?!」「おうよ。虎鶫が鳴くのを
昔の奴等は鵺だと思ってた、ってな。
俺、見たかったんだよな、現物!」
「現物…って。」
鵺の、か?
「…それより、行くのか?」今まで
竹藪の瞑闇が
『辻占』の灯が
上がっている。まるで、鬼火だ。
「行かねえでどうすんだよ!あそこで
右に曲がるんだろ?」「…それは。」
だが、あそこには。
「諒太ッ…ちょっ…!」あのバカが。
いきなり走り出した藤崎を慌てて
追いかける。
トン カラリ カラン
『辻占』の行燈が置かれた机には
人の気配はなかった。以前ここを
通過しようとした時には、白い着物に
黒繻子の羽織を纏い、顔を白い布で
隠した使用人が、机の向こうから
いきなり姿を表したのだ。
顔を覆う布切れには一文字『忌』と
書かれていた。もうこの時点で危うく
声を上げそうになった。いや本当に
よく耐えた、俺。
「あ、どうも。」突然、藤崎が口を
開いた。「…?!」今の今迄、誰も
いなかった『辻占』の行燈の向こうに
例の使用人が茫っと立っている。
悪い卦だけ出して来そうな風体だ。
慣れとは凄いもので、今回そこまで
ビビらされる事はない。…ていうか
何故に
話しかけているんだろうか。
「行くぞ。」藤崎が言う。不気味な
使用人は一切、声を出さなかった。
それでも俺達を迎えに来たのは間違い
ないのだろう。
「…。」俺達は、不気味な男の先導で
四ツ辻を右へと折れた。
白壁に瓦の乗った塀が、延々と続く。
まるでそこだけ竹藪を切り取った様な
家屋敷は、立派な門扉の両側にも
提灯が下げられている。逆にそれが
余計に
門扉から屋敷までのアプローチで
全体の広さは概算でわかるが、この
屋敷自体もかなりデカい。しかも
態々、竹藪という私有地の中に更に
白壁の塀を巡らせて屋敷を構えると
いうのには、何か理由があるのか。
薄暗く広い玄関には、前回とは違う
花が生けられていた。大きな唐津焼の
花器に山ほど投げ入れられているのは
真っ赤な椿だ。しかも花の大きさが
尋常じゃない。流石の藤崎も、終始
無言で黙々と脱いだ靴を脇に避けて
いる。
そして、先の見えない薄暗く
長い廊下が延々と続く。
前回は余裕がなく殆ど観察する事も
出来なかったが、廊下の両側には
幾つも部屋があり、襖には金箔が
施されていた。足元に等間隔で並ぶ
仄暗い行燈が、それを不気味に
照らし出している。
と、一歩先を歩いていた使用人の
男が漸く足を止めた。
いつの間にか『神隠し屋敷』の当主
髙佰小夜呼の居室の前まで来ていた。
流石の藤崎も緊張している。
「…態々、お越し頂き誠に有り難く
存じております。どうぞ、お入りに
なって下さい。」襖の向こうから
女性の厳かな声がかかった。
「…。」藤崎と視線を交え、そして。
「失礼致します。」努めて落ち着いた
声で言う。同時に
広い室内が目の前に飛び込むが、
矢張り行燈の間接照明のせいなのか
安堵しようとする心に無慈悲にも
ブレーキがかかる。
二十畳はあるだろうか。
部屋の隅にも、件の使用人同様の
不気味な人間が控えているから
これはきっと使用人の 制服 的な
ものなのだろう。
「…?」藤崎が、キラキラした目で
俺を促す。早く紹介しろとの催促か。
「お忙しい所、お時間を賜りまして
有難う御座います。先日、お話しを
致しました髙佰様専属の担当責任者、
藤崎をお連れしました。何卒、宜しく
お願い致します。」
「藤崎諒太と申します。この度は、
ご面談の機会を賜り感謝致します。」
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