第2話 蜘蛛の糸

 緊急対策会議が開かれたのは、その日の夕方だった。


「現時点で、不正が疑われる投稿は約2000件」

 会議室のスクリーンに、私たちの分析結果が映し出される。


「特徴的なのは、これらの作品がすべて"人間の投稿"として登録されている点です。しかも、投稿者のプロフィールは過去3年以内に作成されたものばかり」


「つまり、偽装工作ということですか?」

 運営責任者の村井が眉をひそめる。


「はい。さらに厄介なことに、これらの作品は単なるコピーではありません。過去の受賞作品をベースに、AIが"学習"し、独自の変奏を加えているようです」


 会議室が静まり返る。状況は深刻だった。すでに一次審査を通過した作品の中にも、不正投稿が含まれている可能性がある。発表まであと10日。このままでは大会の信頼性が根底から揺らぐ。


「対策案はありますか?」

 村井の声が、重苦しい空気を破る。


「はい。まず、緊急で全投稿作品の再審査を...」


 その時だった。


「すみません!」

 佐藤が会議室に駆け込んできた。


「また新しい異常が見つかりました。不正投稿の中に、ある特定のフレーズが繰り返し使用されています」


 スクリーンが切り替わる。そこには、問題の作品群から抽出された共通フレーズが列挙されていた。


『蜘蛛の糸』『最後の審判』『運命の分岐点』


 一見、ありふれた表現に見える。しかし、これらが同じ文脈、同じタイミングで使用されているのは明らかに不自然だった。


「まるで...サインのようですね」

 誰かがつぶやいた。


 その言葉に、私は過去の記憶が蘇った。確か3年前、同様の不正投稿事件があった。その時は運営側の迅速な対応で大事には至らなかったが...


「村井さん、3年前の記録は残っていますか?」


「ええ、たしか...」

 彼がタブレットを操作する。

「あった。その時の担当者は...綾小路システムズの...」


 突然、会議室の電気が消える。非常灯だけが赤く明滅する中、スクリーンに見慣れない文字列が浮かび上がった。


 `We are watching. The truth must be hidden.`


 数秒後、システムは復旧した。しかし、村井のタブレットからは3年前のデータが完全に消失していた。


 何者かが私たちの動きを監視している。そして、その正体にたどり着く前に、証拠を消そうとしているのだ。


 佐藤が震える声で言った。

「課長...これって...」


「ああ」私は頷いた。「単なる不正投稿じゃない。もっと大きな何かが、この下に潜んでいる」

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