バグ・ハンター ―創造性の境界線を越えて―

イータ・タウリ

第1話 異常なログ

「おかしいですよ、これ」


 システム監査室で、新人の佐藤がモニターを指差した。画面には昨晩からの小説投稿ログが表示されている。毎年恒例の「未来文学大賞」の締め切りまで、あと3日。例年通り、投稿数は最終日に向けて増加傾向にあった。


「何がおかしいんだ?」

 私は佐藤の横に立ち、彼の画面を覗き込んだ。


「投稿数の推移です。AIによる投稿は確かに増えていますが、この波形が...人間の投稿とまったく同じパターンなんです」


 確かにグラフを見ると、人間とAIの投稿数の増減が、まるで鏡写しのように一致している。AIは24時間稼働可能なはずだ。なぜ人間の活動時間帯に合わせたような投稿パターンを示すのか。


「素人目にも不自然ですよね。まるで...」

「まるで人間の投稿をAIが模倣しているみたいだな」

 私は佐藤の言葉を遮るように言った。


 この時はまだ気付いていなかった。これが、とんでもない事件の始まりになるとは。


 私たちの仕事は、文学賞の応募作品を精査し、AI生成コンテンツを検出することだ。近年、生成AIの発達により、コンテストへの自動投稿が急増していた。しかし規約では、AI作品は明示的にそう表記することが求められている。


「佐藤君、投稿内容のサンプリング分析を開始してくれ。私は運営に報告を」

「はい!」


 彼が慣れない手つきでコンソールを操作する間、私は状況を整理していた。昨年比で投稿総数は約3倍。そのうちの約7割がAI作品として申告されている。問題は申告されていない作品の中に、AIによる"偽装投稿"が紛れ込んでいる可能性だ。


「課長、大変です!」

 分析を始めてから30分後、佐藤の声が部屋に響いた。


「サンプリングした作品の8割以上が、既存の受賞作品と酷似したプロットを持っています。しかも、それらの作品はすべて...人間の投稿として登録されているんです」


 モニターには、過去10年分の受賞作品との類似度分析結果が表示されていた。確かに異常な一致率だ。しかし、単なるパクリとは違う。微妙に展開が変えてあり、むしろ「学習」による再構成を思わせる。


 この時、私の携帯が震えた。運営からのメールだ。


『緊急:大賞候補作品の取り下げ要請が相次いでいます。対応をお願いします』


 事態は思った以上に深刻だった。何者かが、過去の受賞作品をもとにAIで大量の作品を生成し、人間の作品として投稿している。その目的は何なのか。


 そして何より、なぜ今まで誰もこの異常に気付かなかったのか。


 私は画面に映る膨大なログを見つめながら、この謎が簡単には解けないことを直感していた。

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