第3章 巫部島

(1)

 その山は、島のほぼ中央に位置した。

 山、というにはだいぶん標高の低いそれは、見映みばえのしない外観を呈した、ありふれた丘陵きゅうりょうのひとつにすぎなかった。

 けれども、土地の住民たちにとってそこは、遙か昔から不可侵とされる、神聖唯一なる領域だった。


 その山のいただきから、いま、ひと筋の白い煙が立ち上っている。

 目にした人々は皆、一様に動きを止めて立ち尽くし、感歎と畏敬の入り交じった嘆声を発した。


「近々、御渡りがあるそうな」

「なんでもお屋形様が、瑞兆ずいちょうをご覧になられたとか」

「まことか。ならばとうとう本殿に――」

「しっ、皆まで言うてはならん! おそれ多いことじゃ」


 島民たちは方々ほうぼうで顔を寄せ合い、声をひそめて口々に噂し合った。そして最後には、必ず揃って山に向かい、神妙なる面持おももちで手を合わせた。


 それは、山から《御徴みしるし》が消えて以来、じつに7年ぶりの出来事だった。

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