第4話 遠距離恋愛
恋がなんなのかわからない。それでも結子は幸せだった。
「こーうー!」と言って、光一郎に走り寄る。
大学の昼休みは短いけれど、一緒にいれる貴重な時間だった。
「結、走らんでもええのに」と言いながら微笑んでくれる。
以前、二人で並んで歩いているところに、結子を捨てた男と
「ゆーい? 何、そのかわいい顔」
気づかなかった光一郎が偶然そう言う。
「鼻高々」と言って、結子は笑った。
「え? 何が?」
「格好いい彼だから」と言うのを聞くと、光一郎はすぐ顔を赤くする。
両手で顔をあおいでから、光一郎は結子を抱きしめた。キャンパスの中で目立つから、結子は身をよじると、光一郎の腕越しに元彼が見えて、まだこっちを見ている。
(いろんな人と恋愛したいとあなたは言った。私は一人の人を大切にしたい)と結子は思った。
そんな自分にも鼻高々だ。
「ゆい。幸せ」
浩一郎の声を耳の側で聞きながら、結子は微笑んだ。
少しも嫌なところがない。
「好き」と言ったらすぐに
「好きやで」と返ってくる。
喧嘩しても、すぐに淋しくなって電話するのはお互いだった。
友人にアリバイを頼むことが増えて、面倒なのか「お風呂って言っとくから。勝手に使って」と言われる。
その申し出にありがたく、親に嘘をついて、二人で夜を過ごした。
夜も朝も幸せで、でもさすがに連泊はできないから、家に帰る時は淋しくなる。
「ゆい、結婚しような」
そんな言葉も自然に出てきた。
「そしたら、ずっと一緒だねぇ」と言って結子は笑う。
「毎日、幸せになるなぁ」と光一郎も照れながら笑った。
友達にも紹介した。光一郎はその時、標準語を喋ろうと頑張って、変なアクセントと言葉になって慌てている。そんなところも好きだった。
「良い人だねぇ」とみんなが言ってくれた。
「でも…目立ってるよ! ラブラブ過ぎて」と笑われる。
順風満帆。
結子が思っていたように、愛は少しずつ大きくなっていった。
苦手だけど、手編みのマフラーを作った。歪んでいるのに受け取ってくれて、毎日、巻いてくれる。車の免許を取ったからと、レンタカーを借りてドライブもした。お互いのバイト先をお客のふりして見に行ったり、それがバレるとバイト先でも紹介したりしていた。
春夏秋冬。ずっと一緒にいて、何も問題がなかった。
「ゆい、転んだらあかんで」
雪の日はいつもそう言って、手を繋いでくれる。繋いだ手が寒いから、光一郎のポケットに入れてくれた。だからコートの左側のポケットは少し型崩れして、寄れている。それすらも愛おしかった。
卒業後にお互いの家に挨拶に行った。結婚ではないが、きちんと挨拶したいと光一郎が言ってくれたから、結子は嬉しかった。
光一郎の家では一泊させてもらって、親切にしてもらえて、結子は気が早いとは思いながら、この家族の一員になるのかと想像したりした。
光一郎の母は
「こんな綺麗な人が? ほんまにええの?」と驚いたような感じで言ってくれて、結子が頷くと、目に涙を浮かべていた。
「光一郎をよろしくね。あんたもしっかりしいや」と後半部分は息子に言ったらしく、強く光一郎の肩を叩いた。
どれもこれもきらきらした瞬間だった。結子はたまに光一郎のお母さんを思い出す。柔らかな笑顔が似ていた。幸せだろうかと考えて、きっとそうだろうと思い直す。
ずっとずっと好きだった。
あの頃、スマホがあったら違っただろうか。
別れた明確な原因はあったのだろうか。
きっかけは光一郎の海外赴任だった。建築会社の技術者として、中東に向かうことになっていた。情勢が不安定な国ということもあって、独身者が選ばれた。
「待ってる」と結子は言った。
光一郎は一瞬、言葉を飲んだ。彼は分かっていたのかもしれない。あまりにも仲が良すぎて、ずっと一緒で、それが離れるとどうなるかを。
新しい環境、仕事、言葉の違い、光一郎は目の前のことをこなすことで精一杯だった。対して結子は変わらない毎日、それなのに側にいて欲しい人がいない日常だった。
時差もある。電話代も当時は国際電話は高くて頻繁には出来なかった。毎週のように書いていた手紙も頻度が減っていった。一年、二年経つと、後輩たちの結婚式に出るようになっていく。
あの頃、スマホがあれば…。
あったとしても…。
そんな結子に優しくしてくれる先輩がいた。電話もできない彼氏が遠くなった。
もっと彼の立場を思いやれたらよかった。でもあの時の結子には無理だった。
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