第4話 語り合う者たち

 手力は気絶した奏を乱暴に地面へ下ろし、拳を鳴らして黒田に向き直る。

 ヘマタイトで強化された筋肉が、ごつごつとした存在感を放つ。


「いいぜ、のってやる。遊び足りなかったんだよな。」


 手力が大きく足を踏み出しながら、冷笑を浮かべる。


 黒田はわずかに目を細め、首を鳴らした。

 戦闘に備える動きは冷静で、その佇まいは只者ではないように思えた。


「遊びで済むといいな―――。」


 挑発的に返す黒田。


 手力が巨体を生かして正面から突進する。

 その拳が地面に激突した瞬間、衝撃波が周囲に広がり、地面の亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。砕けたアスファルトの破片が宙を舞い、黒田は咄嗟に後方へ跳び、間一髪でその攻撃をかわした。


 黒田はその一撃に合わせ、的確にカウンターを放つ。

 拳が正確に手力の顎をうがったが、当たった瞬間の感触が、まるで―――ではなく、まさに鋼に打ち込んだそれだった。


(こりゃキツイな。あの男の子が石の力を使えるまでは―――と思ったが―――。)


 焦りを押し隠しながらも、攻撃の手を緩めることはなかった。


 拳や肘、膝を急所に叩き込むが、手力にはまるで効いていない。ヘマタイトの肉体強化が、そのすべてを無効化しているのだ。


(これはムリかな。せめて、『あの子』が間に合ってくれれば、なんとかなるんだが……)


 黒田は短く息を吐き出しながら、一瞬だけ視線を空へ向けた。


 輸送車の爆発を起こしてから、すでに10分…15分は経過している。火と煙が立ち上る派手な合図だ。普通なら、これで応援が駆けつけてきてもおかしくない。


 しかし、周囲にはまだ仲間の気配はない。

 どこかで足止めされているのか――。来ないなら、この場で時間を稼ぐしかない。


 その間、少年がイメージをつかんで適合石(いし)を使えるようになれば、状況は変わるかもしれない。


「おいおい、それが本気か?」


 手力が笑みを浮かべながら、黒田を煽る。

 黒田はわずかに息を整えながら応じた。


「本気だよ―――。」


 手力の動きがぴたりと止まる。

 

 黒田の攻撃が自分の身体に一切通用していないことは他でもない自分が一番よく分かっているが、その攻撃があまりにも洗練されていることに気づいたのだ。


「おい……舐めてんのか?」


 手力が攻撃を一時的に止め、黒田をじろりと睨む。


「舐めてないさ。」


「なんで適合石(ちから)を使わねえんだ?」

「お前みたいな奴が、適合者じゃないってことはねえだろ。」


 一般人ならともかく、手力の様なアウトローが適合者でないことは、通常考えられない。ほぼすべての人間が何かしらの石に適合するはずなのだ。


 CAデバイスも、適合石も、よほど特殊なものでない限り、ブラックマーケットで手に入れるのは、容易だ。


 もちろん、使い物にならないような能力を持つものもいるが、それでも使うだけで肉体そのもののパフォーマンスは、使っていないものと比べれば、雲泥の差だ。


 手力が容易く捉えた少女でさえ、能力を発動させていれば、格闘技を習得している成人男性を昏倒させることは、あまりにも容易い。


 使わない理由がないのだ。

 手力が手加減していると断定し、疑問に思うのも当然であった。


 その問いに、黒田は薄く笑みを浮かべた。


「訳アリでな。」


 短く答える黒田。その声には冷たさと、どこか諦めにも似た感情が滲んでいた。


「……は?」


 手力は不機嫌そうに眉をひそめながら問い詰める。


「俺は、適合石(それ)が使えないんだよ。」


 黒田は苦笑交じりに素直に答えた。

 その表情には強がりや虚勢はなく、当然の事実を語るような静けさがあった。


 手力は一瞬目を細め、黒田の言葉を疑うように見つめた。


「惜しいな―――。」


 彼は複雑そうな表情を浮かべながら、低く呟いた。

 何か裏があるのかと勘ぐった。だが、男の言葉や仕草、戦い方を思い返し、結論を出す。


 バカ正直なのか、それとも達観しているのかは分からない。

 だが話は、どうやら真実のようだ。


 理解しているはずだ。この状況が、いかに不利かということを。

 あまりにも実力差がある。

 手力の攻撃が一撃でもクリーンヒットすれば、それだけで致命傷を負うのは、目に見えている。


(罠か?いや―――。)


 手力は黒田の動き、思考、そして戦闘中に漂う雰囲気(くうき)に注意を払う。戦いの中で、罠を仕掛ける余裕があるのなら、自分がそれを感じ取れないはずがない。

 だが、この男からはそんな揺らぎや企みの気配は一切感じられない。


 そこにあるのはただ、ひたむきに時間を稼ごうとする―――、いやもうそれも忘れて、手力との戦いを愉しんでいるようでもあった。


(それにしても……。)


 手力は目の前の敵を改めて評価する。

 これほどの動きができる男なら、どんな適合石でも構わない。たとえ単純な肉体強化でも、それだけで並の適合者はまるで相手にならないだろう。


 そして、もしこの男が適合石の力を使えたのなら、自分とも十分に渡り合えたはずだ。


 いやそれ以上―――俺が『あの石』すら使ったって―――。


 手力はそういう極上のサプライズを求め、文句を言いながらも無動寺達の誘いにいつも乗っているのだ。


「残念だよ―――。」


 手力は心からそう呟いた。

 その声には少しの嘲りもなく、むしろ黒田に対する敬意が滲んでいた。


「そうだな―――。」


 黒田もわずかに笑みを浮かべるだけだった。

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