第3話 足止め

 濃い煙が周囲を覆う中、黒田は無動寺鈴と手力正太郎の前に立ちはだかった。呼吸を整えながらも、その表情には冷静さを保つ鋭い眼差しが宿っている。


 「あなたは? ああ、輸送車にいた助手席の……ふうん……。」


 無動寺が冷たい声で問いかける。

 その声には不快感と興味が微かに混じっていた。


 黒田は鼻で笑いながら答える。


 「おそらく、お察しのとおりだよ。」


 挑発的な口調と態度が、彼の意図を感じさせる。相手を苛立たせ、注意を引きつけるためのものだった。


 「全然気が付かなかったわ。でも……。」


 無動寺は挑発に乗ることなく、余裕を見せた微笑を浮かべる。


 「このやり方、クレバーとは思えないわね。おじさま。」


 輸送車への潜入。輸送車の爆破。それらすべて、この男が原因だとしたら、綿密な計画があったに違いない。


 同じ輸送車襲撃計画を立てた無動寺には、それがよく理解できた。できたがゆえに、この状況で自分たちの眼の前にわざと現れるのは、不合理に思われた。


 「同感だよ。」


 黒田も、その意を察して、皮肉めいて答える。


 手力が一歩前に出て、拳を構えながら不機嫌そうに声を上げる。


 「いいから、さっさと潰しちまおうぜ、鈴。」


 黒田は無動寺に目を向けながら、二人に話しかける。


 「いいのか? こんなに時間を無駄にして。」


 その一言に、無動寺の眉がわずかに動く。


 「時間を無駄に?」


 彼女が問い返すと、黒田は冷笑を浮かべたまま、周囲の状況を指摘するように言った。


 「爆発音がしてからもう随分経つ。とっくに警察に通報されているだろうし、なにより特管が放っておくわけないだろう。」


 「特管……。」


 無動寺の目が鋭く細まる。彼女は黒田の言葉を聞き流すことなく、冷静にその可能性を考慮していた。


 「しかもこんな、特管本部にも近い岐阜(ここ)で……。」


 黒田は言葉を続けながら、一瞬だけ目線を逸らし、虎太郎の方にちらりと視線を送る。その動きに気づかれないよう慎重に行動しながらも、虎太郎が覚醒するまでの時間を稼ぐことが彼の唯一の目的だった。


 「特管ごときに怯むとでも?」


 手力が不敵な笑みを浮かべながら、黒田に向かって拳を振り上げる。


 無動寺は軽く溜息をつき、首を振った。


 「……そうね、離れるべきね。」


 「はぁ? 逃げるってか?」


 手力が露骨に不満そうな声を上げる。


 「大事なのは適合石よ。ここであなたが遊んで時間を無駄にするより、石を持ち帰る方がよっぽど価値があるわ。」


 無動寺の言葉には冷徹な判断が込められていた。彼女は既に希少石を確保しており、それ以上のリスクを冒すつもりはないようだ。


 無動寺は黒田に向けて意味深な笑みを浮かべた後、気絶した奏に目をやり、手際よく希少石を取り出した。それをしっかりと手元に収めると、彼女は満足げに息をつく。


 「鈴!!!」


 手力が不満を露わにしながら声を荒げたが、無動寺は冷たく鋭い視線を向けるだけだった。その眼差しは、彼に無駄口を叩かせない威圧感を伴っている。


 「あなたがどうするかは勝手だけど。私はこれ以上、無駄な戦いに付き合うつもりはないわ。」


 そう言い放つと、無動寺はゆっくりと立ち上がり、黒田に向けて挑発的な言葉を投げかけた。


 「あの坊やには興味はないけど、おじさまは素敵ね。次に会うときがあれば、もう少し―――お話しましょう。」


 彼女の言葉に込められた皮肉と余裕が場を包み込む。黒田は無言でその視線を受け止めるが、どこか冷笑じみた表情を浮かべている。


 無動寺はそのまま踵を返し、ゆっくりと歩き出した。その動作には焦りも迷いもなく、ヒールの音が冷たい地面に心地よく響く。


 「重たい荷物は、あなたに任せるわ。」


 振り返ることなくそう言い捨てた彼女は、手力にすら視線を向けない。


 「おま―――、ちょっと待てよ!」


 手力が苛立ちを抑えきれずに後を追おうとするが、無動寺は片手を軽く振るだけで振り返らなかった。


 「バイバ〜イ〜♪」


 その軽薄な態度に手力の表情がみるみる険しくなる。奥歯を噛み締め、拳を固めたままその場に立ち尽くす。


 「あのアマ! 適当なことしやがって……!」


 不満げに吐き捨てる彼の声に、黒田が薄く笑う。


 (希少石と女の子―――両方は無理か。なら……。)


 黒田は目線を落とし、一瞬だけ冷静に状況を見極める。そして挑発的な口調で手力に声を投げかけた。


 「お前もさっさと行け。特管が怖いんだろ。」


 その一言に手力の視線が黒田に向けられる。彼の語彙力は決して高くはないが、意図する挑発は十分に伝わったようだった。


 「は? 言ってくれるじゃねえか……!」


 手力の口元がわずかに吊り上がる。その笑みには怒りと楽しさが入り混じっていた。

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