第4話 トライアングル

 虎太郎は無動寺の前に立ちふさがり、睨みつけた。彼の体は震えていたが、拳は強く握られている。


「何か勘違いしているようね。あなたを、どうこうしようって…つもりはないのよ?」


 無動寺は余裕たっぷりに笑みを浮かべる。その表情は、虎太郎を侮るような冷たさに満ちていた。


「してねぇよ。どうこうするつもりはないって……それは俺だけだろ!」


「ふふ。まあ、そうね……。」


 無動寺は小さくため息をつき、肩をすくめた。


「あの男を見たでしょ?ああ見えて、結構早いのよ?」


 虎太郎は言葉に詰まりながらも、足を一歩踏み出す。


「だったら、俺がお前らを!」


 無動寺はその一言に、面白そうに首を傾げた。

 からかっているつもりすらない。100%不可能だと確信しているからだ。


「若いっていいわね。でも、そんな未熟な覚悟で立ち向かうと――。」


 彼女は手元の違法CAデバイスを取り出し、ゆっくりとスライド部分を押し込んだ。


――『ЯОСК ОИ!』


――「ルビー!」


 無動寺を中心に、赤いオーラが渦巻き始める。その瞬間、虎太郎の全身に寒気が走った。


「早死するわよ?」


 死神のような無動寺の声が耳に響く。しかし、虎太郎は必死に振り払うように頭を振り、力を振り絞った。


「まだ若いんでね!おばさん!」


 無動寺はその叫びに少しだけ驚いたように目を細めた。


「―――ふふ、いいわね。でも、その適合石(いし)もないあなたが何をするつもり?」


 虎太郎は無言で構えを取った。

 その拳には震えが残っていたが、その瞳には決意の光が宿っていた。




 一方、手力は奏に向かって歩み寄っていた。


「お前は適合者か……なら、遊んでやるよ。」


 男はにやりと笑い、地面に拳を軽く叩きつけた。轟音とともに地面がひび割れ、奏は後ろに飛び退いた。


「逃がさないよ―――。」


 奏は呼吸を整え、精神を落ち着ける。

 とりあえず何か……応戦できる武器を創らなくては。

 授業で教わったのは、ほんのさわりだ。もっと戦闘面での話を聞いておけばよかった。

 ピンク色のオーラが彼女を包み込んでいるが、手力の圧倒的な力の前ではその光も頼りなく見える。


「ローズクォーツか、なんかか?だが、攻撃には向いてないだろ?」


 奏は能力で棒状の武器を空間から創り出し、それを握りしめながら、かすかに笑みを浮かべた。


「……やってみなきゃわからないでしょ……!」


「そりゃ、そうだな。」


 手力は決して奏を煽って言ったわけではなかった。適合者であるなら、たとえ小学生相手でも、訓練を積んだ玄人がなすすべ無く倒される時がままある。


 適合者とは『そういう』存在なのだ。


 だが、それでも手力と奏の実力の差は、火を見るよりも明らかだった。

 ましてや、手力は奏との圧倒的実力差を自身でも感じながら、そのうえで奏を『怖い』を思っている。勝敗は、明らかだった。


 奏は力を込め、それを手力に向かって振るう。


「おっと。」


 手力は余裕で避けながら、逆に拳を振り下ろす。

 衝撃で地面が裂けた。


「きゃっ!」


 奏は衝撃でバランスを崩し、倒れ込む。その隙を逃さず、手力は彼女の腕を掴んだ。


「ほら、捕まえた。」


 奏は必死にもがくが、手力の握力には抗えない。


「離してっ……!」


「おいおい、暴れるな。しかしまあ……なんだな。捕まえるほうが難しいな。」


 そういいながら、手力は奏を気絶させた。




 少し離れた場所で、黒田は息を潜めて事態を見守っていた。


(さて、どうするか。)


 黒田が見つけたケースはCAデバイスが入っており、お目当てのものではなかった。自分がハズレだった以上、もう一つのケース――あの子どもの近くにある方がアタリだ。あの襲撃者2人が来ているのが、何よりの証拠だ。


 だが、あの男レベルを相手にするのは自殺するに等しい。男が少女を追っていく。 

 

 女と、少年が対峙している。


(これは―――チャンスか?少なくとも、2人とやり合うことに比べれば―――。)


 だが、無動寺がルビーの能力を発動させたのを見て、黒田は考えを改めた。


(これは、無理だな……)


 女の方も、尋常ではない。

 あの男と一緒にいる時点である程度予想はしていたが、それをはるかに超えるものだった。


 直接的な攻撃をしてくるようなタイプには見えないが、逆にそれが不気味だった。


 黒田は、少年の方にも目をやった。


 CAデバイスのスライド動作と「ROCK ON!」という起動音は、まるで侍が鯉口を切る瞬間を思わせる。

 それは、刀を抜く寸前の緊張感と覚悟が凝縮された音だ。


 この動作こそが、適合者たちの戦闘の幕開けを告げる儀式であり、次に発せられる「石の名前」という言葉は、刀が抜かれ振り下ろされる瞬間、あるいは銃のトリガーが引かれる決定的な一撃を象徴している。


 適合者ならば、その音を耳にした瞬間、即座に反応し、自身もデバイスを持っていれば起動し、無ければ逃げる準備をするものだ。


 だが、それがどれも行われない――。

 つまり、少年が適合者ではないという決定的な証拠だった。


(彼が適合者なら、時間稼ぎくらいにはなったろうに……。)


 黒田は静かに動き出した。


(まずはあのケースを確認してからだ。)


 目立たないように足音を消し、虎太郎と無動寺のいる方向へ忍び寄る。


 その途中で、奏が捕まる様子が視界に入る。


(あの女の子には悪いが、もう少し時間は稼げそうだな。)


 黒田は無動寺の隙を狙うべく、一瞬のタイミングを見定めていた。


「奏!」


 虎太郎の叫びが響く中、無動寺は余裕の表情を崩さない。


「さて、もう少し遊んであげるわ。」


 その背後で、黒田の影がゆっくりと近づいていた。

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