第2話 スギライト
「待って、虎ちゃん!」
私は声を張り上げながら、公園の遊歩道を駆けていた。夜になりかけた静かな空気を裂く轟音。その音がした方角から、煙が立ち上っている。
虎ちゃんは振り返ることなく、公園の奥へと走り抜けていく。
「ちょっと、待ってよ!」
息を切らしながら、私も追いかける。林の向こう、公園に隣接する道路から煙が立ち上っているのが見える。
林を抜けた先で、私は思わず足を止めた。煙を上げて燃える車両、その周囲に散乱する瓦礫、そして――倒れている人影。
「誰か倒れてる!」
虎ちゃんが声を上げる。私はその人影へと駆け寄った。
倒れているのは男の人だ。顔が苦痛で歪んでいて、荒い呼吸が聞こえる。
「怪我してる……!」
咄嗟に学生カバンからCAデバイスを取り出し、スライド部分を押し込む。
――『ROCK ON!』
私がCAデバイスのスライド部分を動かすと同時に、機械音声が響く。
「ローズクォーツ!」
淡いピンク色の光が手元から広がり、温かな感覚が全身を包む。傷に意識を集中させると、光が男の体を包み込むように染み渡っていく。
「大丈夫……これでよし。」
荒かった呼吸が落ち着いていくのを見て、私はようやく息を吐いた。
ふと目を上げると、虎ちゃんが荷物の近くに立っている。倒れている人の近くにケースがあった。爆発で飛んできたようだった。
「おい、これ、開いてるぞ。」
虎ちゃんがケースを指差した。その時、私は目を奪われた。ケースから転がり出た石の一つ。紫色の輝きを放つその石に、何か強烈な引力を感じ、手に取った。
「……これ……」
私はしばらく、その奇妙な感覚にただ立ち尽くしていた。まるで全身が電流に包まれるような感覚で、胸の奥が震える。
「―――奏!大丈夫か?なにボケっとしてるんだよ!」
虎ちゃんが心配そうに、私の肩を揺すっていた。どうやら、数秒……あるいは数分間、意識がなかったようだ。
「え、あ……」
私はその場に立ち尽くし、震える手を口元に持っていく。
「な、何だろう……この感じ……」
不安と興奮が入り混じった、言葉にできない感覚が胸の中で広がる。しばらくその場で立ちすくんでいたが、ふと周囲に目を向けた。
そこに、二人の人影が立っていた。まるでモデル雑誌からそのまま出てきたようなロングヘアの女の人と、対象的にテレビで見た格闘技で出ているような大きな男の人。
「お前たち、そこに動くな。」
男が静かに言った。その声は低く、冷たい。
(この人―――適合石(ちから)を使ってる!?)
同じ適合者である私には、直感的に理解できた。
しかもこんな――学園の先生とでも比べられるレベルじゃない。もちろん私とも。あまりに実力差がありすぎて、同じ適合者として恐怖より、尊敬が勝った。
「誰だ、あんたら!」
虎ちゃんが私の前に立ちはだかる。
「ふふ、自己紹介なんて必要ないわ。ただ、その石と、そこの女の子が……欲しいなって。」
女が冷たく笑う。その視線はまっすぐ私に向けられていた。
「ふざけんな!奏に近寄るな!」
虎ちゃんが声を荒げる。
「うるさいガキだ。」
巨体の男が一歩前に出ると、地面がわずかに揺れる。
「鈴、このガキ、どうする?」
「放っておいて。……でも、抵抗するなら仕方ないわね。」
女の冷たい言葉に、男がニヤリと笑う。
―――『ЯОСК ОИ!』
女の起動させたCAデバイスの音が普段とは異なり、不安定で低い音色を発した。
(この起動音声は……違法デバイス!)
それに気づいた私は、胸の中で確信が生まれる。
(この人たちが車を爆発させた悪い人だ!)
私は虎ちゃんに叫んだ。
「虎ちゃん、下がって!私と同じ、適合者だよ!」
虎ちゃんは私の言葉に戸惑っていたが、すぐにその背後に下がった。
女はその瞬間、男に何かを指示した。男は再び力強く拳を握る。その気配に、私は身を引いた。
なぜかはわからないけど、私を狙っているのは、明らかだった。すぐにでも逃げなければならない。
「逃げろ、奏!俺が時間を稼ぐ!」
虎ちゃんの声が私を現実に引き戻す。その瞬間、男が地面を蹴り、私の方へ向かってきた。
「でも……!」
私は動けない。足がすくんでいた。
いや私が狙いなら、私が離れたほうが、虎ちゃんはむしろ安全かもしれない。
「早く行け!」
虎ちゃんの叫びに、私は動かざるを得なくなる。男が一歩踏み込んだ瞬間、私も男と逆方向に足を踏み出した。
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