第4話 対峙

「っ……!」


 目を開けた時、全身に鈍い痛みが走った。胸を押さえながら、声を絞り出す。


「みんなは――――!?」


「瀬川さん! 三谷! 山本さん! 田中さん!」


 名前を一人ずつ呼びかけるが、返事はない。だが、どこかからかすかなうめき声が聞こえる。


「くそっ、誰か……大丈夫か?」


 声の方へ近づこうとするが、その途中で目に飛び込んできた光景に足が止まる。


「なんだ、これ?」


 荷物であるケースが天井に張り付くように逆さまになっていた。


(天井? なぜ?)


 ケースは通常、床面に固定されているはずだ。それが今、まるで床だった場所が天井になったかのように――。


「輸送車ごと……ひっくり返された?」


 僕の脳が状況を受け入れるのを拒むように混乱している。だが、目の前の光景がそれ以外の可能性を示していない。


「馬鹿な、ありえない!」


 震える声が自然と漏れる。この輸送車は中型トラック相当の重量――8トン近くある。それを、まるでおもちゃの車のようにひっくり返すなんて!


 背筋に冷たい汗が伝う。何かがいる――僕たちの想像を超えた存在が、今この場に。


「一体、どうなってるんだ?」


 金属が裂ける音が響く。輸送車のコンテナが、徐々に、だが確実に人の手によって引きちぎられていた。


「松本! なにぼさっとしている!」


 瀬川さんの声が、私の意識を引き戻す。


「使え!」


 瀬川さんの言葉に、僕はやっとその意味に気づく。CAデバイスで能力を開放しろ、ということだ。無我夢中で周囲の状況に呆然としていた自分に、今、足りなかったのはその行動だ。


――『ROCK ON!』

――『ROCK ON!』


 僕たちはほぼ同時にCAデバイスをスライドさせ、起動させた。


「タイガーアイ!」


「エメラルド!」


 瀬川さんと僕は、それぞれの適合石を解放し、能力を発動させる。


「松本! 壁だ!」


 瀬川さんの声が、僕の動作を促す。能力を開放したものの、こんな狭いコンテナ内では戦う場所がない。外に出なくては―――。


 僕はエメラルドで作った手甲で、コンテナの壁を破壊し、外へと道を開ける。


「行こう!」


 瀬川さんが先に飛び出した。僕もそれに続いて、コンテナから飛び出す。


 目の前に立ちはだかるのは、トラックを横転させた犯人と思しき巨体の男。

 その姿から溢れる圧倒的な存在感。何の適合石を持つのかは不明だが、今まで任務で出会った適合者とも比べても、異質な力を感じさせる。


「お、まあ…これくらいで終わられちゃあな。」


 男は余裕たっぷりに笑みを浮かべ、軽い調子で言葉を放った。その態度は、まるでこちらを遊び相手とでも思っているかのようだった。


 瀬川さんと僕はアイコンタクトを交わし、無言で意思を確認する。

 二人で倒す――訓練で何度も繰り返してきた連携を、今ここで発揮する時だ。


「松本、エメラルドの能力は使えるな?」


 瀬川さんの問いかけに、僕はハッとする。

 そうだ、この状況でこそ、エメラルドの未来視能力が活きるはずだ。


 この能力では、最短で2秒先、最長で5秒先の未来を見ることができる。

 だが――戦闘中では2秒先を見るのが限界だ。それでも、相手の動きを予測し、わずかな隙を見つけるのには十分だと思っていた。


 未来視で2秒先を見る。

 男の巨大な拳が僕を狙って飛んでくる未来が見える。


「くそっ……!」


 僕はなんとか身を低くして避けたが、拳が地面に激突した衝撃で体が吹き飛ぶ。


「何だ? 当てたと思ったが――だが、そんなもん、通用しねぇよ!」


 手力の叫びが耳を打つ。

 僕は立ち上がり、再び未来視を発動するが、その動きは異様に速く、対応が追いつかない。


 僕が応戦してる隙を縫って、瀬川さんの拳が手力の顎を撃ち抜いた。

 瞬間、甲高い音が響いた。

 それは骨の砕ける音ではなく、まるで鉄板でも叩いたかのような音だった。


「――ッ!」


 手力の頭がわずかにのけ反る。その口元から赤い筋が一滴流れ落ちた。


「……なるほど、少しはやれるわけか。」


 手力は口元を軽く拭いながら、楽しげに笑う。

 その態度は、痛みをものともしていないどころか、さらに興奮を煽られたかのようだった。


「なんだ、こいつの体……金属みたいに硬い!」


 瀬川さんが呟いたその瞬間、男が瀬川さんの腕を掴み、宙に投げ飛ばした。


「松本、逃げ――!」

 瀬川さんの叫びが途切れる。

 未来視で見た通り、瀬川さんが地面に叩きつけられ、動かなくなる。


「くそっ……!」

 次の未来を見ようとしたが、視界が黒く染まり、未来が見えなくなる。


「もう終わりだよ、おニイちゃん。」

 男の拳が僕に振り下ろされた。

 意識が薄れる中、低い声が耳に響いた。


「なんか変だったな……モーションも気配も、消したはずだが……。」


 巨体の男――あいつの声だ。


「鈍ってるんじゃない?」


 隣に立つ女の姿が視界の端に入る。

 長い髪を揺らしながら、その瞳には、あざ笑うような冷たさが宿っていた。


「バカ言うな。」

 

 男が苛立ちを隠せない声で返す。


「直感強化か予知能力の類か……まあ、悪くはない能力だったよ。だが、使い手が良くなかったな。」

 投げやりな声と共に、そいつらは背を向けた。


 背後に残されたのは、無力感と、ゆっくりと意識を失っていく僕だけだった。


「お前ら、こいつら含め、輸送車の奴らもふん縛っとけ!CAデバイスと適合石(いし)も忘れるなよ!」


 男が手下たちに命じる声が響き、手下たちは慌ただしく動き出した。それぞれが縄や道具を手に取り、護衛隊を拘束し始める。


「さて、あとはお宝とご対面か。」


男は首を鳴らし、余裕たっぷりに笑みを浮かべる。


「鈴。わかってるよな?」


隣の女が微かに笑みを浮かべて頷いた。


「もちろん。一緒にやった仕事の成果は、全員で分ける。それが『ハッピーマイン』のルールでしょ?」


その声は穏やかで冷静だが、どこか楽しみを含んだ響きがあった。


「よし。なら行くぞ。」

男は振り返ることなく、ゆっくりとコンテナへと歩き出した。

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