第3話 輸送車内

 輸送車の貨物スペースには、僕たち護衛隊5人が座り込んでいた。

 この手の任務には慣れているはずなのに、今日は何かが違う。

 

 妙に落ち着かない。

 ケースが3つしかないのに、5人も護衛がつけられていたからかもしれない。


 隣に座る三谷がぽつりと呟いた。


「何運んでるんですかねぇ。」


 三谷は20代半ば、護衛歴2年の若手だ。無駄にでかい声と好奇心旺盛な性格が、チームのムードメーカーになっている。


「こんな護衛がつくほどの荷物には見えねぇけどな。」


 田中が腕を組みながら肩をすくめた。彼は僕と同じ30代前半で、鍛え上げた体格と突撃力で前線での戦闘を得意としている。豪快な性格で、頼りになる先輩だ。


「俺たちは黙って目的地に送り届ける。それが仕事だ。」


 リーダーの瀬川さんが冷静に言い切る。彼はこの道10年以上のベテランで、どんな状況でも冷静さを失わず、僕たちを支えている。過去には何度も危険な任務を切り抜けてきたと聞く。


「でも、こんな大がかりな護衛任務なんて珍しいわよね。」


 そう言ったのは紅一点の山本さんだ。肩まで伸びた髪を一つに束ねた彼女は、落ち着いた物腰と的確な判断力で、僕たちを支える頭脳派だ。年齢は30代半ばだが、チームの中では姉御的な存在でもある。


 三谷が興味津々に尋ねた。


「これ、名古屋行きなんですよね? 現地解散なんですか?」


 僕は腕時計をちらりと見て答える。


「まあ、順調に行けば21時前には終わるだろうね。今ちょうど岐阜の真ん中あたりだな。」


 田中が軽く笑った。


「大阪の研究所から運んで、ようやくここか。結構長い道のりだよな。」


「でも、午前中に終わってたはずの仕事よね。」


 山本さんが眉をひそめる。


「高速だけ使えばもっと早く着いたのに、途中でわざと下道に降りたりしてる。」


「ああ、たしかに。」


 三谷が頷いた。


「妙に遠回りしてる感じがありますよね。」


 僕も少し考え込む。


「何か面倒な指定でもあるのかもな。」


 田中が言う。


「お偉いさんたちの考えることは俺たちには分かんねぇよ。」


「それでも、余計なトラブルだけは勘弁してほしいわね。」


 山本さんのため息交じりの声に、僕たち全員が小さく頷いた。


 田中が急に僕を指差してニヤリと笑った。


「ところで松本! 聞いたぞ! エメラルドに適合したんだってな!」


「え、先輩マジっすか!」


 三谷が驚いた顔で振り返る。


 彼が驚くのも無理はない。エメラルドは希少石の部類に入り、適合者は少ない。


 僕自身も驚いたが、それと同じくらい嬉しかった。


 適合石の発見には運が絡む部分が多い。


 これほどの希少石に適合できたことは、護衛としての誇りにも繋がった。


 田中が腕を組み直して聞いてくる。


「で、どうなんだ? 何かすげぇことできるのか?」


「未来がちょっとだけ見えるんだ。」


 僕が答えると、三谷が目を輝かせて声を上げた。


「未来!? おいおい……チート能力じゃねぇか!」


「いや、そんな大したもんじゃないよ。数秒先が見えるだけだし、うまく使わないと意味がないから。」


 皆の前で謙遜はしたが、内心ではかなり強力な能力だと自負している。

 まだ適合したばかりでうまく使いこなせない部分もあるが、いずれはこの能力で、違う道を拓けるかもしれない。


「だが、その数秒が生死を分ける場面もある。自信を持て、松本。」


 瀬川さんの言葉には重みがある。その一言で、僕は少しだけ胸を張る気になった。


 突然、輸送車が大きく揺れる。そして――。


 ドンッ!


 今度は強烈な衝撃。荷物スペース全体が揺れ、僕たちは思わず体を押さえた。

 車は停止している。


「なんだ!? 事故か!?」


 瀬川さんが険しい顔で呟く。


「いや―――全員、応戦準備だ!」


 その声を皮切りに、僕たちは一斉に動き出した。


 三谷がCAデバイスを握り、田中が立ち上がって後方の様子を確認する。


「前方に車が! くそっ、囲まれてる!」


 三谷の叫びに、緊張感が一気に高まる。


「はあ? なんで運転手が言ってこないんだよ!」


 田中が苦い顔で呟くが、その答えを知る余裕はなかった。


 瀬川さんが指示を飛ばす。


「松本、山本! ケースを守れ! 三谷、外の様子を確認しろ。田中は後方警戒だ!」


「了解!」


 全員が即座に応答し、位置につく。僕は山本さんと共にケースの前に立った。


「大丈夫よ、落ち着いていれば。」


 山本さんが短く声をかけてくれる。僕は深く頷きながら、ポケットからCAデバイスを取り出した。


「準備完了です。次の指示を待ちます。」


「頼むわよ、松本君。」


「わかりました!」


 僕が呟いたその瞬間、輸送車全体が大きく揺れた。


「くそっ……何だ!?」


「よいしょっとぉ!」


 外からそんな男の声が聞こえたような気がした次の瞬間――。


 ふっと体が宙に浮く感覚に襲われ、全身を叩きつけられた。

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