第5話 こたろう

 南 虎太郎(みなみ こたろう)。15歳。


 読みは『こたろう』。

 だけど、私は「とらちゃん」と呼んでいる。


 虎ちゃんが岐阜に引っ越して、同じ高校に通うことになる。

 そう両親に聞いたのは、昨年の秋ごろだった。


 うちの近くに引っ越してきた。

 親は「こんな古めかしい長屋みたいな家で大丈夫か?」と言っていたけれど、私はレトロで可愛いと思う。


 虎ちゃんの通っていた学校は、子どもが少なくなっちゃって廃校になったみたい。 

 それは、ちょっと寂しいなと思う。

 と同時に、そんな小さい学校でどんな生活をしていたのか、少し気になった。


 私の中での虎ちゃんは、夏休みや冬休みに遊びに行った時の姿しかよく知らない。


 だから意外だったのは、虎ちゃんが結構成績が良いってこと。

 私と同じで、あまり良くないと勝手に思っていたから、ちょっと裏切られた感じ。


 趣味は……漫画、小説、釣り。


 漫画は少年チャンプ派。

 小説はお爺ちゃんの影響か、時代劇や格闘ものが好きみたい。

 一度見せてもらおうとしたけど、「嫌だ」と断られちゃった。

 たぶんちょっとエッチな描写があるんだと、私はにらんでいます。


 運動はどうだろう?

 虎ちゃんの実家は、良く言えば緑にあふれる大自然の中……悪く言えばそれしかない中で暮らしていたんだから、なんとなく出来るような気がする。


 あとは……あんなに雪が降るところなのに、寒いのが嫌いなところ。

 遊ぼうよ!と誘ってもなかなかこたつから出てこないし、お爺ちゃんに雪かきしろ!と怒られても「雪かきほど無駄なことはないんだよ」とぶつぶつ言っていた。


 まだ、すごく仲のいい友達はいないみたいだけど、早くできればいいなと思う。




 ………。


 虎ちゃんは、今は元気になったと思う。

 

 すごく、すごく、頑張ったんだと思う。


 あの日、私達とサーカスを観に行って、それから――。

 私が虎ちゃんの立場だったら、どうしただろう?


 私はあの時期、お父さんに言って、週末になると虎ちゃんのおじいさんに迎えに来てもらって。


 虎ちゃんの部屋に行って、その度にただ虎ちゃんと話すくらいしか出来なくて。

 何もしてあげられなかった。


 もっと何か―――。



♢ ♢ ♢



「はい、それじゃあ、ホームルームの時間です」


 担任の先生が教室の前に立つと、教室内のざわつきが収まった。


「最近、街で物騒な出来事が増えていると聞いています。下校時は周囲に気をつけてください。特に人気の少ない道や夜遅くの外出は控えるように」


 生徒たちが小声でささやき始める。

 

「まぁ、大丈夫だとは思いますが、用心するに越したことはありません。それでは、気をつけて下校してくださいね」


 担任の言葉が締めくくられると、教室内は再びざわつき始めた。

 帰り支度をしている虎ちゃんに声をかける。


「ねえ、今日は一緒に帰ろ?」

「ああ、いいけど……先生の話聞いたから?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。まあ、それもあるかも? 大丈夫だとは思うけど」


 私が軽く言うと、虎ちゃんは少し考え込むように首をかしげた。


「まぁ、何もないならいいんだけどな。朝、ネットで物騒なニュースを見たからさ」


 そんな会話を交わしながら、私たちは校門を出た。

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