第6話 奏の秘密

「虎ちゃんってさ、今日の授業、どうだった?」


「あれくらいなら普通にわかったよ。」


「ふ、ふぅ~ん、やりますなぁ……。」


 悔しさを隠すように軽くため息をつきながら、じとっと睨む。

 自分より成績が良いのが、正直悔しい。


 学校の帰り道、喉が渇いたという話になり、公園に寄ることにした。


 自販機でジュースを買おうと鞄から財布を取り出そうとしたとき、何か一緒に落としてしまった。


「あっ!」


 アレだ! 慌てて拾おうとしたけれど、それよりも先に彼の手が伸びていた。


「これ何?ガムみたいな形の。」


 興味深そうに眺める虎ちゃんの手から、私は慌ててそれを奪い返す。


「もう、それ返して!」


「なんだよ、拾ってやったのに。それで、何なの?」


 一瞬、答えるべきかどうか迷った。

 でも……ここで変に誤魔化しても怪しまれるだけかもしれない。

 それに、これを使えるのは私だけだから――。


「えっとね、それ……CA(シーエー)デバイスっていうの。」


 そう答えながら、内心で言ってしまった、とため息をついた。


「CAデバイス?」


 彼は目を輝かせて、それをじっと見つめてきた。


「うーん、まあ特進科の生徒に渡される、ちょっと特別な道具かな。なんか…いろいろできるんだよ。」


 じっと彼の顔を見つめた。

 これで、納得してくれればいいけど…。


「これ、他の人にはあんまり話さないでね。先生に怒られるから。内緒だよ。」


「わかったよ。……でも、もうちょっと見せてくれよ。」


 少しだけ身を乗り出してくる。


「……まあ、ちょっとだけなら。」


 ため息をつきながら、デバイスを手渡した。


「なんか…結構軽いんだな。プラスチックみたいな…。」


 感心したようにそれをひっくり返して眺めている。


「真ん中の部分をスライドしてみて。」


 促すと、彼はデバイスをおそるおそるスライドさせた。


 中から現れたのは、半透明のピンク色の小さな石。

 ビー玉を半分にしたような形をしている。


 私の『石』だ。


「……これだけ?」


 何か起きることを期待していたような声が漏れる。


「そう。虎ちゃんにはね。それだけだよ。それを使うのは私みたいな――」


 その時、公園の向こうから、子供の泣き声が聞こえた。


 見ると、小さな男の子が転んで膝をすりむいている。


「いだい……」


 涙ぐむ男の子を見て、虎ちゃんがすぐ飛び出して、私たちはそちらに駆け寄った。


「大丈夫?」

 優しく声をかけた。


 男の子の膝に目をやると、すりむいた部分から血が滲んでいた。その様子に、思わず眉をひそめる。


 転んだ場所が悪かったのか、思った以上に傷が深い。


「大変だ!何か持ってる?」


 絆創膏くらいは持っているけど、その程度では血が止まりそうにない。

 どうすれば――。


「さっきのこと、覚えてる?」


 ちらりと彼を見上げた。


「今それどころじゃないだろ。早く手当してあげないと!」


 焦った声が返ってくる。


「だから!覚えてるの!?」


 少し強い口調で問い詰める。


「お、おう……覚えてるよ。内緒にしろって話?」


 戸惑ったような答えを確認して、深く息を吸い込んだ。


 見せないつもりだったけど、この子のためなら――。


 ――『ROCK ON!』


 私がCAデバイスのスライド部分を動かすと同時に、機械音声が響く。


「ローズクォーツ!」


 私の声と共に、パリンとデバイスが壊れ消えていき、ピンク色のオーラが私を包んだ。


 男の子の膝にそっと手をかざす。


 柔らかな光が膝を包み込むと、傷は見る見るうちに癒えていく。


「傷が……え……!?」


 彼が驚きの声を漏らす。


「ふう。これがCAデバイスの力。私たち特進科の生徒とか、免許を持ってる人だけが使えるものなんだよ。」


「ありがとう、おねえちゃん」


 元気そうに走り去る男の子を見送りながら、私はそっと能力を解除した。


 能力解除により再結晶化した『ローズクォーツ』を回収し、新しいCAデバイスにセットし、鞄に戻す。

 もう、落とさないようにしないと。


「ま……こういうこと!」


 ブイサインをしながら、あっけに取られる彼に笑いかけた。

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