シロ・この世界最初の日の出を共に
──新年を迎えた夜明け前、私は初日の出を見たいと思いつつも、一人では寂しいような……かといって眠りに就いたはずの執事のみんなのうち、誰かを起こしてしまうのも申し訳なく、部屋で暖炉の火にあたっていた。
──だけど、この世界で迎えた新年だ。せっかくだから日の出も迎えたい。そう迷っていると、シロが珍しく私の部屋を訪れた。
「……お前の世界では、新年を迎えた朝に日の出を見る習わしがあるそうだな」
「…………」
「この季節の朝日は美しい。……何とはなしに気が向いた。お前、我についてこい」
「おい、厚手の上着はしっかり着ておけ。お前が風邪をひくのは気に入らん」
──シロなりの気配りが伝わってくる。私は言われた通りにコートを着て、マフラーも巻いて防寒した。何より、シロと初日の出が見られることが嬉しくて、心の寂しさは温もりに変わった。
「夜目の効かぬお前に森は危険だろう。見張り台に行くぞ。あの場所も見晴らしは悪くない」
──シロの後について見張り台に行くと、風は冷たいものの、空気が澄んでいて美味しく感じる。私はゆっくりと深呼吸した。
「……ふん。暖炉は温まるが、部屋の空気が悪くなる。おい、冷えで寝つけなくならぬ程度に新鮮な空気を吸うがいい」
──「うん、分かった。……あ、空の色が……夜明けも近いんだね」
「でなければ誘わぬ。長い時間を外で過ごすには、真冬の寒さとは体にこたえるものだろう」
──シロは寒さにも強そうだけれど、だからといって他者にも同様であれと押しつける性格ではないことも、もう知っている。それでも、私への負担が軽くなるように思いやってくれることが嬉しい。
「……お前。何を笑っている」
──「シロは優しいなと思って」
「……別に、特別なことなどしておらぬ」
「……おい。我がホットミルクを用意してやった。飲んで温まれ」
──「ありがとう、シロ。……甘さが柔らかくて美味しいよ」
「礼には及ばぬ。我が気に入っているメープルシロップを加えただけだ」
──ミルクのまろやかな口当たりに、メープルシロップの甘さと香りが合っていて、とても美味しい。私はホットミルクに口をつけながら、見張り台の向こうをシロと見つめた。
──「あ、シロ、日が昇ってきたよ」
「初日の出、か。……新年の日の出というだけで、普段と同様に日は昇る。……単なる日の出だろうが、しかし厳かで美しいものだ。自然と文化の融合と言うべきか……それとも……」
──「……それとも?」
「……お前が我と共にあるからか。……それは愚問だな、少々話しすぎた」
──ほんの少しだけ、シロの涼やかな目がやわらいだ。思わず見つめてしまう。
「……おい、日の出を見ていろ。そう見つめずとも、我はお前の隣にいるだろう」
──「う、うん……本当に綺麗な日の出……今朝が晴れていて良かった。今年も良い一年に出来そうな気持ちになるよ」
「ならば良い。……お前はしっかりと己の人生を生きている。それは我が見ている。我がお前を見守る限り、そうたやすく不幸にはさせぬ。……今年もお前らしく生きろ」
──それは、いつも率直なシロの、真っ直ぐな応援だ。私は心まで温まるのを感じた。
──「私らしく、か……」
「お前がお前を歪めずに生きることを好ましいと思うものが、ここにいる。案ずるな、お前は我の主。我が認めている人間だ」
──「うん、ありがとう。シロ」
──頷いて、再びシロと日の出を見つめる。まだ太陽の熱は届かないのに、まばゆさが尊くて暖かみがあるように感じられて……シロの言葉とも合わさって、冬の寒さも忘れていた。
「……さて、この時間帯は格別に冷える。日の出の美しさを心に焼きつけたのならば、部屋に戻って暖炉にあたれ。我が送って行ってやる」
──本音を言えば、もう少しシロとお日様を見ていたい。でも、わがままを言えば、私の身を案じてくれるシロを困らせる。
「……何だ?言いたいことを我に遠慮などするな」
──そんな気持ちは、顔に出てしまっていたらしい。問われると気恥ずかしくて、口ごもってしまう。
──言葉に出来ない代わりに、思いきって手を伸ばし、シロの上着の裾を指先でつまんだ。
──簡単に振りほどける程度の力。だけど、シロは溜め息もつかずに自分の手を私の指先に重ねた。
「……変わりなく昇る朝日とは、世界の命が守られていると信じさせる。それが新年の日の出ならば、なおのこと心が清まり満ち足りたものにする。……あと数分、我とこうしていろ。他でもない我が許す」
──淡々とした口調のようでいて、優しさが滲み出ている。シロは私の冷えた指先を温めるように、重ねた手で包んでくれた。
「……我にここまで言わせ、ここまでさせたのだ。お前は心を満たせ。さすれば、我も気分がいい」
──「ありがとう……シロ」
呟くと、シロが微かに……微笑みをたたえるように目を細めた。
昇る朝日も、それを受けるシロも美しくて……私は、そのひと時を陶然として味わったのだった。
悪魔執事と黒い猫〜推し活短編集〜 城間ようこ @gusukuma
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