ボスキ・この世界最初の日の出を共に
「主様。夜明け前に来たりして済まねえ。──なあ、主様の世界では、新年の日の出が縁起ものなんだろ?」
──こちらの世界で年を越し、何となく寝つけずに暖炉の前で座っていると、ボスキが部屋を訪れて話を切り出した。
「まあ、縁起が良いとか俺のガラじゃないんだがな。せっかく主様がいるんだから、たまには乗っかってみても悪くねえなと思ったんだよ」
「主様にはブランケットも持ってきた。──良ければ、日の出を見て一年を始めねえか?」
──ボスキの提案は嬉しかった。どうせ寝つけないなら、せっかくの初日の出を楽しむ方がいい。
──「ありがとう、ぜひ見たいな」
「よし、そう決まったら見張り台に行くぞ。主様は座って眺められるように、椅子を置いておいたからな」
──こうして、部屋を抜け出し、ボスキと二人で日の出を迎えることになった。誘うタイミングを考えてくれていたのか、そう待たずに太陽が光を放つ。
──「あ、お日様が見えてきた!光が伸びて広がってく……」
「ああ、雲一つない晴れた夜明けで良かったぜ。──主様、去年も一年たくさん頑張ったんだろ?俺たちとの任務だけが主様の全てじゃねえんだ。向こうでの人生も、主様は一年生き抜いた」
──ボスキが、私に向けて労りの言葉を紡ぐ。ボスキこそ、一年を生き抜くことは大変だったのに。
「……人生は、いつだって自分と向き合わなきゃならねえ。それは己との戦いでもあるだろ。生きてる限り、自分だけは自分を捨てられねえ」
「──だけどな、そんななかでも、空は誰にでも無限に広がってる。青空も星空も、太陽も闇も……誰にでも等しく。灼熱の日射しが焼こうが、雨に打たれようが、それでも空は広がっていて空気で世界を満たしてるんだ」
「たとえば今だって、主様と俺は太陽が昇るところを、こうして見上げてるだろ?この太陽は新年を迎えた祝福の夜明けだと思えねえか?澄んだ空気は吸い込めば肺に満ちて、心の靄を晴らしてくれるだろう」
「俺も生身の人間として生きてきたからな……だりぃ時もあるし、疲れることくらいしょっちゅうだ。それでもよ、今は主様が……月みたいに太陽みたいに、見上げれば俺の空にあって、空は俺を見放したりしねえって思えるんだよ」
「……悪ぃな、話しすぎたか。まあ、主様にも空があるってことは忘れんなよ。あと、これからも俺の空に存在していてくれ」
──ボスキの生きる空の下。私の生きる空の下。出逢うまで、違う世界の空の下で生きてきて、けれど今は同じ日の出を一緒に迎えている。私はその奇跡みたいな現実を、心に刻もうと誓った。
──「ボスキ、私の空にもボスキがいるよ。風みたいに、道しるべの星みたいに」
「主様……ふっ、そうか……じゃあ、俺たちは生きてる限り、互いに離れることはねえな」
──そう言われると、気恥しい気持ちもあるものの……まんざらでもない、どこか嬉しそうな表情を浮かべたボスキと向き合うと、恥ずかしさより鼓動を促す喜びが自分を満たす。
「ふあ……たまには起きてるのも悪くねえな。まあ眠いが、主様と二人で初日の出を拝むなんて、こんなこと年に一回しか経験出来ねえんだろ?」
──「新年の日の出だからね」
「他の奴らには悪いが、これは来年も再来年も譲れねえな……主様、この先も主様のことは俺が必ず守る。その誓いとして、俺は世界の太陽に約束するからな?」
──世界の太陽。ボスキが話してくれた、空の私、だろうか?ボスキの眼差しからは優しさと本気が見えていて、冗談なんて混ざってはいない。
「俺の夜明けは、主様が生きてくれてりゃ終わりはない。二人で見た初日の出も、こうして生きてる限り脳裡に焼きついて消えたりしねえ。……なあ、主様も忘れんなよ?」
──「う、うん……絶対に忘れないよ。ボスキが話してくれたことも、何一つ忘れたくない」
──言葉から伝わってきたボスキの強さの根源も。昇る朝日で見た、ボスキのしなやかな美しさも。
「よし、じゃあ部屋に送るぞ。あんまり外にいたら風邪ひいちまうからな。そろそろロノも起きてきてんだろ、ホットミルクの用意を手伝わせるか」
──ほら、と差し出された左手に、躊躇いながらも手を重ねて……私は立ち上がる。想像以上に温かいボスキの手の温度が、冷気にあたっていた体に沁みるのを感じながら、部屋までエスコートしてもらい、ゆっくり歩いた。
──部屋に戻って窓から見る太陽は、これまで何気なく見てきたお日様と同じものだとは、もう思えなくなっていた。
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