【カクヨム10 短編用作品】蛇と鈴
やきいもほくほく
第1話
───夜、口笛を吹くと『蛇』が出る。
真夜中、誰もが寝静まった頃に窓を開ける。
体の芯まで冷えるような冷たい空気が外から流れ込んでくる。
冷たい畳の上で正座をして息を吐き出した。
『蛇を呼んで』
誰にもバレないように小さく口笛を吹くことが五十鈴(いすず)の日課だった。
夜に口笛を吹いてはいけない。
「蛇が出る」「泥棒がくる」「人買いがくる」
今はそんな迷信を知る者はいないだろう。
(嘘吐き……)
そう思いながらも口笛を吹いてしまうのは毎晩、誰かが迎えに来てくれることを待っているからかもしれない。
この世界にはアヤカシの血を引いていると言われている家々が存在する。
特有の能力を引き継いでいて、現代においてもその能力を発現することがあり、その力は脈々と引き継がれている。
五十鈴が住む天狗木(てんぐぎ)家もそのひとつだった。
風の力を持ち、様々な神通力を持っていたという天狗の血を継いでいる。
未来予知ができる者や浮遊できたりテレポートできる者。
あらゆる音を聞き取ったり、相手を閉じ込める結界能力を受け継ぐこともあるそうだ。
そんな天狗木家の中でたったひとり、神通力の能力を注がなかった者がいる。
それが『五十鈴』だった。
香色の髪と金色の瞳は黒髪に緑の瞳を持つ天狗木の中では異端どころか、全くの別物に見えるだろう。
五十鈴は屋敷の中で、使用人のようにして過ごしながら天狗木家の当主である天狗木 風也(かぜなり)の世話を離れでしていた。
予知能力という神通力の中でも特殊な能力を持っていた風也だったが、元々体が弱く病弱だった。
しかしその力は歴代当主の中でも恐ろしく強力だった。
長男である天狗木 風雅(ふうが)は風を操る力も申し分なく、浮遊能力を使い、次期当主としても申し分ない強い能力を持って生まれてきた。
妹の風美香(ふみか)は風の力はそこそこ強く使えるが、神通力は弱く、少し耳がいい程度である。
風也の妻である朱音(あかね)は、狐月家(こげつけ)から嫁いできたが、能力が低く苦労してきたのだと他の使用人が話しているのを聞いた。
五十鈴は風也と血は繋がっていても、朱音とは血が繋がってはいない。
五十鈴の母である鈴華(すずか)は、五十鈴が十歳の時に病で命を落としてしまった。
そんな母が最後に残した言葉は今でもよく覚えている。
『ゴホッ、今なら言える……あの人から解放されるっ、今なら』
『……お母様!』
『蛇を、呼んで……!必ず、あなたを……っ、助けてくれるから』
『お母様、血が…………もう話してはだめ!』
『"鈴"の名前と"蛇"が、必ずあなたを導いてくれる……!』
母の口端から流れる赤い血が恐ろしくて堪らなかった。
しかし母は金色の目を見開いて最後の力を振り絞るようにして五十鈴の手を掴み、必死に訴えかけるようにして叫んだ。
『私のようになってはダメ!ここから、出て……あの人達を救って!お願、い』
『お母様、あの人って誰なの?』
『五十鈴……蛇を呼んで』
そう呟いて事切れた母の手をずっとずっと握っていた。
その時から『蛇を呼ぶ』という意味を考えているものの、五十鈴はその言葉の意味が今も分からないままだ。
その後、珍しく汗だくになり部屋に駆け込んできた風也が泣いている五十鈴を睨みつけてこう言った。
『何か……聞いたか?』
あまりにも恐ろしくて五十鈴は瞳いっぱいに涙を溜めながら首を横に振った。
五十鈴は先程、母が言ったことの意味を考える間もなく何かを確かめるように質問されたが何も答えずに黙っていた。
風也は小さく息を吐き出すと、母の体をどこかに運ぶように指示を出した。
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