第11話「お仕置きが必要じゃの」

「……さて。結局、迎え撃つ形になったかのう」


ネイマンは、沈みかけた夕陽を背に、市街地の大通りを見下ろしていた。

ゲルムントの街に潜む“黒いローブ”の本拠地こそ未だ掴めぬままだが、昨晩の“沼地の小屋”破壊後から、奇妙な動きが目立つようになった。少数の怪物が城門近くで暴れたり、街外れで謎の火事が起きたり……。

ヤナック隊長が得た情報によると、“黒いローブ”の一団が「研究者を救出しようと牢を襲う計画」があるのだとか。



「厄介な連中の尻尾を掴める機会でもあるが……街が戦場になるのは勘弁じゃな」


わしはため息をつきつつ、腰に手を当てた。そこには愛用の杖とともに、必要最低限の道具が亜空間に収めてある。

この街に来てから、やたらトラブルに巻き込まれてきたが、いよいよ本命を叩けるというわけか。

バイスの傷も少しずつ癒え、今日は無理をさせずに城壁の近くで待機させている。

大通りの反対側では、ヤナック隊長や衛兵たちが陣形を組み、こっちをうかがっている。わしを見つけるやいなや、彼らは整然と敬礼をとった。


「ネイマン様、ご足労感謝いたします。こちらの準備も万端でございます」


「うむ。街中の警戒はどうじゃ? まさか一方向だけから来るってこともあるまい」


「はい、増員をかけ、各所に部隊を配置しています。研究者のいる牢屋の周辺には、魔法障壁も展開中です。もし敵が現れたら、包囲して一網打尽にするつもりです」


ヤナック隊長は厳粛な表情で言い、続けて小さく息を吐いた。


「……とはいえ、相手には悪魔族の力を借りている可能性もあります。何が起こるか、油断なりません。ネイマン様のお力を、またお借りすることになりますが……」


「構わんよ。わしも商売の邪魔をされとるし、仲間のバイスに手を出された恨みもある。遠慮は無用じゃ」


そう告げて軽く杖を握りしめる。

隊長や衛兵たちは「ありがとうございます!」と畏まるようにお辞儀するが、今はそんな会釈を交わしている余裕もない。なにしろ、いつ奴らが攻めてくるか分からないのだからのう。




数時間が過ぎ、夜の帳が降りてきた。石畳の大通りに灯る街灯の光がぼんやりと揺れる。

どこか張りつめた空気の中で、衛兵たちは静かに巡回を続け、住民たちは家の中に閉じこもっている。まるで街全体が息をひそめているかのようじゃ。


「ネイマン様、やはり何も動きがありませんね。偵察班からも特に報告が――」


「――待て、隊長。見ろ、あそこじゃ」


わしが視線を送る先、細い路地の奥に、何者かがうごめく気配があった。暗がりの中、複数の影が入り乱れているように見える。

ヤナック隊長もハッとし、手振りで衛兵たちに合図を送った。続々と隠れ位置を変え、路地への射線を確保する。


「……あれは“黒いローブ”! 人数は十……いや、もっといるか!?」


「ずいぶん集まったもんじゃのう。どうやら本気で研究者を奪い返す腹づもりか」


暗がりの向こうから、低く唸るような声が響く。まがまがしい魔力の痕跡も微かに感じられ、ぞっと背筋が冷える。

わしは、すかさずヤナック隊長に目配せをした。隊長は頷き、衛兵たちが動き始める。




「さあ、これで……“罠”にハマってもらうとするかのう」


実は、わしらは“研究者”を別の安全な区画へ移し、牢のある建物には囮の細工を施しておいた。罠魔法も用意し、相手が力ずくで侵入してきたら封じ込める算段だ。

狙いどおり、“黒いローブ”の大半が牢付近に一斉に押し寄せる。壁を破壊しようと魔法陣を展開している奴もいるが、待ち構えていた衛兵たちが一斉にクロスボウや魔法で牽制する。


「貴様ら、そこまでして何を……! はっ、罠か……!」


「くそ、研究者がいない……どこへ移した!? 焦らすんじゃない、出せっ!」


ローブの男たちが苛立ちに叫び、魔法弾を撃ち返してくる。さすがに敵も訓練されているか、応戦の手際が良い。ただのカルト集団とは思えんのう。

衛兵たちは数で勝っているが、敵の魔法にもなかなかの火力がある。遠距離同士の攻防戦では、被害が出かねない状況に陥った。


「ネイマン様、何とか押さえ込みたいですが……このままだと市街が巻き込まれそうです!」

「分かった。派手にやるぞ!」


わしは路地の屋根から飛び降り、杖を構えた。味方の衛兵たちが道を開けてくれる。敵の視線が一斉にわしに注がれ、「あの老人か……!」と殺気を放ってくる。

だが構わん。ここで一気に畳みかける。




「――行くぞ、お主ら」


わしは息を整え、杖を高く掲げた。

ただの風魔法や封印魔法では、この人数を一網打尽にするのは骨が折れる。ならば、わしが得意とする“重力魔法”を使って、一度に押さえ込むほうがよほど速いじゃろう。


「“グラビティ・ドーム”!」


わしが力強く呪文を唱えるやいなや、周囲の空間がぐにゃりと歪むように感じられた。まるで見えないドーム状の力場が形成され、狙いを定めた範囲――すなわち黒いローブの男たちが固まっている一画――を包み込んでいく。


「ぐっ……何、だ……身体が……重……っ!」


「くそ、動けねえ……魔法が打てな……」


敵の魔術師が魔力を溜めようとするが、強烈な重力のせいで腕すら満足に動かせない様子。足腰が軋み、地面に押しつけられる。

当然、体勢を崩す敵も出てきて、仲間同士でぶつかったり転んだりしている。わしはその様子を見定め、さらに重力をわずかに強めた。


「ふうん、わしにバイスを傷つけたり、街を壊させたりしようとした報いじゃ。簡単には逃がさんぞ!」


その声を聞いて、敵のリーダーらしきローブ男が歯ぎしりをしながら叫ぶ。


「くっ……やはりただの老人じゃなかったか……! だが、そんな魔法、我らの“真なる力”を解放すれば――」


リーダーは懐からなにやら呪符らしきものを取り出そうとするが、重力で腕をまともに持ち上げられない。

わしは即座に見透かし、杖を横に振る。すると、ピンポイントで強烈な圧力が男の手首にかかり、呪符を奪い取るように地面へ落とさせた。


「残念じゃが、そうはいかん。……隊長、このまま縛ってくれんかの。わしも長時間この魔法を維持していると疲れるでのう」


「はっ! 皆、突入せよ! 抵抗する者は容赦なく制圧するんだ!」


ヤナック隊長の指示で衛兵たちが一斉に動き、黒いローブの男たちを捕縛にかかる。踏み込むときだけ、わしが重力を少し緩めてやり、一人ひとり確実に拘束していく。

奴らが使っていた杖や魔法道具も次々と取り上げられ、もう抵抗できそうにない。




「ふう……これで、大方の連中は押さえたかのう」


わしが魔法を解き、杖先を下ろしたとき、路地には黒いローブが文字通り“なぎ倒された”状態で散らばっていた。苦しげにうめいているが、立ち上がろうにも重力ダメージで筋力が言うことをきかんだろう。

衛兵たちが手分けして縄で縛る中、リーダー格の男だけは最後まで憎悪の視線をわしに向け、唇を震わせている。


「お前……何者、なんだ……? わたしらの契約した“悪魔の力”すら、こうも簡単に……」


「ただの老人じゃ。」


わしがさらりと答えると、男は悔しそうにうめき声を上げた。

ここで衛兵の一人が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「隊長! 市街の別の区画で数体の怪物が暴れています! たぶん、奴らが最後の足掻きで放った魔物かと!」


「何だと……? くそ、手が足りるか!」


不穏な報せに、ヤナック隊長は目を見開く。なるほど、向こうも一か八かの手段を用意していたか。


「……ならば、わしが先に行ってくるわい。バイスにも声をかければ、すぐ片付けられるじゃろう」


「助かります、ネイマン様! 我々も捕虜の管理が済み次第、すぐに追います!」


わしは頷いて、路地を駆け出す。亜空間から呼び出した魔力の羽衣で身を軽くし、ひとっ飛びで近くの屋根へ飛び移る。そこで一気に走って、街外れへ向かうのが手っ取り早い。

敵の計略による怪物がいかほどの強さかは分からんが、今ならバイスと共に一撃で鎮めてやる。




街外れへ向かう途中、空き地で待機していたバイスの姿が目に入った。傷はだいぶ良くなったとはいえ、まだ全力の飛行は難しそうだが……わしが近づくと、バイスは嬉しそうに吼える。


「バイス、すまんのう。もうひと踏ん張り頼むぞ。怪物が現れたって話じゃ!」

「グルル……!」


バイスは頷くように低く声を漏らし、そのままゆっくりと羽ばたいて上空へ。少し痛そうな仕草もあるが、戦意は失っていない。

わしは杖を握ったまま、バイスの背へと飛び移る。城壁のほうからは悲鳴や怒号が聞こえてくるから、一刻を争う状況じゃろう。


「あそこか……よし、バイス。急ぐぞ!」


半ば強引に身体を引き締め、少し無理をしているバイスの翼が広がり、風を巻き起こしながら空を滑空する。

視線をやると、街並みの端の通りに、獣のような怪物が3体ほど暴れているのが見えた。衛兵たちが応戦しているが、体格が大きく、手を焼いているらしい。


「ガアアアッ……!」


「ぐっ、化け物め……しぶとい……!」


地上の衛兵隊が必死に剣や槍で対抗しているが、怪物は怪しげな魔法障壁をまとい、攻撃をまともに通さないようだ。悪魔族の力が混じった個体かもしれんのう。

わしはバイスに合図して上空で旋回し、どのタイミングで降りるか計る。


「よし、まずは1匹を一瞬で押さえ込む。バイス、あそこを狙うんじゃ!」


バイスは低く唸り声を上げ、斜めに急降下する。迫力に気づいた怪物がこちらを向いたが、すでに遅い。

バイスの爪が高速で怪物の背を切り裂き、その衝撃で怪物の体勢が崩れる。


「……いまだ、わしが行く!」


わしはすかさず飛び降り、杖に魔力を込めて地面に突き立てる。怪物の足元一帯に広範囲の重力場を発生させると、ずしんという音が響き、怪物が重量に耐えかねて膝をついた。


「ガ、ガァァッ……!」


怪物は苦しそうに吼えるが、今なら衛兵たちの攻撃が通るはずじゃ。わしは大声で呼びかける。


「皆の衆、今じゃ! 一斉攻撃で叩け!」


「は、はい! おおおおっ!」


衛兵たちは歓声を上げ、剣や槍、魔法を叩き込む。怪物の障壁が砕け散り、力なく倒れ込んだ。

続けて、わしとバイスは残る2体に狙いを定める。それらは仲間を倒されて狂乱状態になったか、牙を剝いて突進してくる。

しかし、バイスの威嚇の咆哮で動きがやや鈍ったところを、わしが追加の重力魔法で足止め。あとは衛兵やバイスが追撃を入れれば、じきに崩れ落ちていく。


「グオオ……グルル……」


大地に伏す怪物たちは、まるで人形の糸が切れたように力を失い、息絶えている。

わしは深い息をついて、杖をゆっくり下ろした。バイスも呼吸を乱しながら、かろうじて着地する。


「……よくやったのう。あとは兵たちが始末を確認してくれるじゃろ」

「グルゥ……」


バイスは疲れきった様子だが、満足げに尻尾をわずかに振る。わしは頭を撫でてやり、痛む翼をなるべく刺激しないようにそっと手当ての魔法を唱える。

これで街に出現した怪物は一掃できたかのう。あとは“黒いローブ”の連中がどれだけまだ潜んでいるか……。




やがてヤナック隊長の部下が駆けつけ、「怪物の殲滅確認! こちらも被害は軽微です!」と声を上げる。

どうやら同時多発的な混乱を狙った“黒いローブ”の計画は、ほぼ失敗に終わったようじゃ。街の被害が最小限ですんだのは、なによりじゃのう。


「ネイマン様、バイスも含め、本当にありがとうございました……!」


「おお、隊長。そちらはどうじゃった?」


「牢への襲撃部隊は全員捕縛成功しました! これで組織の主要メンバーはかなり抑えたはずです。まさにネイマン様とバイスのおかげです!」


衛兵たちが次々とわしらを囲み、「万歳!」と歓声を上げる。敵リーダーを含む黒いローブの者たちはすでに縄につながれており、後方で悔しげに唸っていた。

わしはバイスを宥めながら、笑みをこぼす。これで長らく街を覆っていた混沌も、ようやく収まりそうじゃ。


「……まぁ、全部が全部解決とはいかんかもしれんが、当面の脅威は去ったのう。しばらくは落ち着くじゃろう」


「今度こそゲルムントに平和が戻ります! すべてネイマン様のご活躍あってこそです。改めて御礼申し上げます!」


ヤナック隊長が深々と頭を下げ、衛兵たちも慌てて姿勢を正して敬礼をとる。

わしは照れくさいのを隠すように、バイスの背中をさすりながら軽く笑う。


「ガッハハ、わしはただの行商人の老人じゃよ。お主らが街を守りやすくなるよう、手伝っただけじゃ。……ともあれ、これで“黒いローブ”が幅を利かせる場はなくなったはず。みんなお疲れさまじゃのう」

「はっ、ありがとうございます!」


街のあちこちで、残党掃討を終えた衛兵たちが歓呼を上げている。住民たちも、家から顔を出して「助かった」と口々に感謝を述べる姿がちらほら見える。

わしはバイスをいたわりながら、心の中でほっと息をつく。長い戦いじゃったが、こうして平和に近づいたのなら苦労も報われるのう。


「さて、少し騒ぎが落ち着いたら、宿屋でまた試飲会でも開こうかの。酒はやはり、みんなが笑顔のときにこそ美味いんじゃ」


そう呟くわしに、ヤナック隊長が「ぜひ!」と声を弾ませる。もう敬語というより、親しみを込めた呼び方に近い。

バイスは安堵したように目を閉じ、微かな唸りで同意を示しているようにも見えた。傷が完全に治るにはまだ時間がかかるが、もう安全な環境で休ませてやれるじゃろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る