第2話「行商路を行くんじゃ」

「ふむ、思った以上に大都市まで遠いのう……」


 わしは、広大な平原を飛行術でゆっくりと移動していた。木々の隙間を縫い、時おり突風を受けながらも、足下の景色がみるみる流れていく。後ろには、朝日に照らされた見慣れた村がもう遠くに見えておる。

 弟子の名をひとりひとり口の中で反芻しながら、わしは独り言をつぶやいた。


 「ガロン、リヴィア、メイラ、ルード……みな、ちゃんとやっとるかのう。ガハハ、わしが心配することもなかろうが」


 ガロンはぶっきらぼうだが腕は確かじゃし、リヴィアは負けん気の強さが才能を伸ばすタイプじゃ。共にAAA級。メイラとルードは多少経験が足りんとはいえ、どちらもAA級。若い割に面白い魔法の使い手だったりする。それぞれが帝国、王国、連邦のいずれかへ赴くはずじゃが、いつかまたどこかで再会するじゃろう。

 そう考えると、わしの口元から自然と笑みがこぼれた。


 「それにしても……」


 わしは鼻先をくんくんと動かす。かすかに人の気配を感じるのう。どうやら、この先に街道が走っているようじゃ。飛行術をゆるめ、そちらへ向かってゆっくり降下する。


 ――街道には何台もの馬車が列をなしていた。どうやら大きな都市に行くための主要路らしい。荷台に生活物資をぎっしり積んだ行商人が、馬の手綱を引きながらぎこちなく進んでいる。


 「おや、珍しい。人が飛んで降りてくるなんて……あんた、冒険者か何かかい?」


 先頭の馬車を操っていたのは、日焼けした顔に太い眉毛の商人風の男だ。驚いた様子でわしを見やる。


 「わしはただの老行商じゃよ。いや、行商になろうとしておる身かのう。酒を売り歩くんじゃ」

 「酒を……? へえ、あんた、どっかの醸造所の関係者か?」


 男の目がキラリと光るのを見て、わしは内心ほくそ笑んだ。話のタネとしては、まずまずの反応じゃろう。


 「いや、わしは自分で作っとる。名付けて“ネイマン酒”じゃ」

 「ネイマン酒……聞いたことない名だな。味はどうなんだい?」


 商人が懐疑的に首をかしげるのを見て、わしは早速、荷物の中から小瓶を取り出した。


 「百聞は一見にしかず、じゃろう。少し口にしてみるかい?」


 男は「金は払うからな」と断りつつ、小さなコップに注いだ酒を一口飲む。すると男の表情が一瞬にして変わった。


 「……うめえっ! なんだ、この香り……甘さの中に、しっかりとコクがある。こんなの、はじめてだぞ」

 「ガハハ、そうじゃろう。まだまだ改良の余地はあるが、そっちの反応が良さそうで何よりじゃ」


 男の後ろに控えていた別の行商人たちも興味津々でこちらを見ている。わしはここぞとばかりに声を張りあげた。


 「皆の衆、よかったらちょっとだけ試してみるかのう! わしも世界に広めるつもりでおるから、感想を聞かせてくれんか」


 すると馬車を留めて、あっという間に行列ができてしまった。通行の邪魔にならんように少し脇道に移動してから、わしは持ってきた酒瓶をくいっと傾ける。


 「ちょ、ちょっと! こんなうまい酒があったなんて……!」

 「こりゃいい。都会で売れたら一攫千金かもしれんぞ」


 行商人たちはこぞって口々に感想を言う。金貨や銀貨を取り出そうとする者もいるが、まだ値段を決めておらん。いや、決めていたとしても、まずは味わってもらうほうが優先じゃ。そこから口コミが広がれば、評判もついてくるというもの。


 わしは笑いながら、皆に注いで回る。まさか最初の商売が街道での即席試飲会になるとはのう。


 やがて、ひと段落ついたころ。行商人の一団は「この先の街は、商人も多く集まる大きな市だよ」と教えてくれた。わしは道中の安全や宿情報などありがたい話を聞きつつ、彼らと別れることにする。


 「そろそろわしも目的地を決めて動かんとのう。お主らも気をつけて行くがいい」

 「ありがとう、ネイマンさん。あんたの酒なら、きっとあちこちで受け入れられるさ」


 そう言って馬車の男たちはわしに手を振る。


 「さあて……この調子でいけば、わしの“ネイマン酒”の名もじわじわ広まっていくじゃろう」


 そうつぶやいたとき、ふと遠くの空に不穏な黒い影が見えた。巨大な鳥のようにも見えるが、どうやらただの鳥ではなさそうじゃ。もしかして、悪魔族かあるいは凶暴なモンスターか――。

 わしは小さく息を整え、杖を構えた。


 「……ま、もし襲ってきたら、ちっとばかし痛い目見せるまでよ。弟子たちに恥じぬよう、わしも腕が鈍っちゃおらんわい」


 杖に魔力をこめると、周囲の風が少しざわつく。こんなところでトラブルを起こすのは面倒じゃが、どこへ行っても何かしらの波乱はつきものじゃろう。




 「さて、この先どんな出会いが待っているのか……ガハハ、楽しみじゃのう!」


 そう叫んだ瞬間、黒い影が音もなく近づいてくるのを感じた。大都市への行商路は、どうやら一筋縄ではいかんようじゃ。わしの“酒旅”も、にぎやかな幕開けになるに違いない。


 「ガハハ! 退屈だけはごめんじゃよ!」


 強烈な風とともに飛び立ったわしの笑い声は、街道にいた行商人たちの耳にもはっきりと届いていた。



続きが気になるそこのあなた。ネイマンの“行商”と“戦い”がますます加速する第3話を、どうかお楽しみに。次回はいよいよ未知の土地での商談――そして不穏な影がもたらす事件の幕開けです。ネイマンや弟子たち、そして新たな登場人物たちがどんなドラマを紡ぐのか……ぜひご期待ください!


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