還暦から始める酒旅 —世界を酔わせる伝説勇者譚—

蒼空

第1話「酒の旅の始まりじゃ」

「……あー、やれやれ、わしもやっと自由の身になれそうじゃのう」


そうつぶやきながら、わし――ネイマン・クロージャは、僻地の村にある小さな道場の戸を開けた。

道場の奥には、わしが長年鍛えてきた四人の弟子たちが整列しておる。彼らはそれぞれ、今の時代では最高峰クラスとされるAAA級やAA級の実力者じゃ。わしにとっちゃまだまだ未熟者ぞろいでも、世間じゃ十分にエリート扱いされるんじゃから、不思議なもんじゃのう。


「師匠、もう本当に行ってしまわれるんですか?」

「帰ってきてもいいのよ?」

「ああ、師匠がいなくなったら酒……いや、修行が寂しくなるじゃないか」


口々にそんなことを言う弟子たちを見て、わしは思わず苦笑いを浮かべる。わしは彼らの目の前で自家製の酒瓶を取り出し、またたく間にコップへと注ぎ始めた。


「ほれ、最後の晩餐じゃ。わしの酒を味わっていけ」


途端、弟子たちは顔をほころばせる。わしが数十年かけて独学で造ってきた酒は、この世界にはあまりない香りとコクがあってのう。酒好きのやつは一口飲むと瞬く間に虜になる。わし自身、この酒にかける思いは深い。


「師匠……今日はやけにきれいに仕上げていますね。香りが違います」

「ガハハ、やはりわしの腕前が上がっているということじゃな」


四人はわしが差し出す酒を口に含み、目を丸くする。


「う、うまい!」

「おかわり……いいですか?」


ありがたいことに、そろって絶賛。こういう素直な反応があるからこそ、酒造りを続けるのは楽しいもんじゃ。わしは勢いよくぐいっと自分の分も呑み干す。


「この世界にはもっと美味い酒が必要なんじゃ。わしは余生をそのために費やすことにした。おぬしらは……悪いが、今度始まる悪魔族の侵攻対策に力を貸してやってくれんかのう」

「もちろんです。師匠に言われなくても、そのつもりでしたよ」

「ワタシたちは師匠の弟子ですもの。死なない程度には頑張るわ」


わしは彼らの言葉を聞き、心の底から安堵する。


かつて、わしらは“伝説のパーティ”と呼ばれ、人間族や海族、獣族が手を組んで悪魔族の大侵攻を止めたことがある。それから四十年経ち、また悪魔族が攻めてきたが、若いやつらが頼もしくなってきた今こそ、わしは身を引くべきじゃろう。


「師匠、弟子のわたしたちを頼ってくれるのは本当にうれしいですが、今度は何をなさるんです?」


四人がわしをまっすぐ見つめる。わしは彼らの問いに胸を張って応える。


「決まっとる。わしは酒を広めるんじゃよ。世界中の人間にも悪魔にも、獣族にも海族にも! わしの酒で笑顔にしてやるんじゃ。戦いばかりじゃ疲れるからのう」


弟子たちは一瞬、きょとんとした顔をする。だが次の瞬間にはクスクスと笑い始め、最後には声をそろえてこう言うた。


「さすが師匠らしい!」


外はもう闇が降りてきたが、道場の明かりはいつになく明るく感じる。コップに残る酒を一気に飲み干し、わしは席を立ちあがった。


「明日の朝には、わしは旅立つ。おぬしらは先に帝国なり王国なりに行って、その実力を存分に奮ってきてくれ。悪魔族の連中が暴れておるらしいが、わしが口を挟まんでも、おぬしらなら大丈夫じゃろう」

「師匠……どうかお気をつけて」


わしはゆっくりと弟子たちを見渡す。心配そうな、しかし決意に満ちた顔を見て、思わず温かい気持ちになる。この子らが、これからの世界を支えてくれるのじゃろうな、と。


「ほうじゃ。別れの前に、もう一杯呑むか」

「ええ、もちろんです!」


こうしてわしらは杯を重ねた。酒が尽きるころには、わしはすっかり気持ちよくなっていた。


――そして翌朝、まだ日の出前。わしは簡単な荷物と、丹精込めた酒の瓶をいくつか抱え、飛行術で風を起こす。ここに四十年住み、弟子たちを鍛えた暮らしにひとまず別れを告げた。


「さて……長いこと鍛えた足腰を再び使う日が来たわい。まずはどこの国から攻めるかのう。どの道、わしが望むのは……」


わしはにやりと笑う。


「うまい酒を世界に広めることじゃ! ガハハ!」




こうして、伝説のじいさんネイマン・クロージャの新たな冒険が始まった。戦場では圧倒的な強さを誇りながら、口にするのは武器でも魔法でもなく“酒”の話。今度の戦いは、悪魔や人間、あらゆる種族を酔わせながら、世界を救う……かもしれん。








ここまでお読みいただきありがとうございます。

熱い戦いと、どこかしらゆるいお酒の話が入り混じる物語を、楽しんでいただければ幸いです。

次回以降も、ネイマンの「ガハハ!」という豪快な笑い声とともに、世界中を巻き込んだ“酒の伝説”をお楽しみください。

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