第5話 聖治のスパーダ

 沙城さんは男の槍を押し返す。


「くう! いきなり、この!」

「今回は手を抜いてやる。だが死ぬ気で来るといい。どうあってもお前らでは逃げられない。それを知る時だ」


 男は槍を右手だけで握っている。ハンデのつもりかッ。


「そう。自信満々ってわけ。なら!」


 そう言って沙城さんが刀を振るう。いくつもの剣風が舞い男を襲うが男も凄まじい。片手で操る槍さばきで見事沙城さんの攻撃を受け止めていく。顔が見えないのに余裕があるのが分かる。片手で握った槍で殴りつけ動きを止めた隙を突く。それを沙城さんは刀でいなしていった。刃と刃がぶつかり両者の間で火花が散る。


「聖治君は、絶対に」


 思いが言葉となって、刀を打つ。


「私が守る!」


 その時の眼差しは精悍で、血や命が擦り切れてまで戦う気迫に満ちていた。


「ふん」


 男はつぶやくと沙城さんの周囲に水面のような揺らぎが発生していく。そこから新たな槍が現れた。四本の槍に四方を囲まれる。

 あんなの、刀一つじゃ防ぎきれない!


「踊れ」

「沙城さん!」


 空間から発射される槍、右から来たのを刀で払い正面のを体をずらし左のを再度天志で弾く。最後に背後のを受け止めた。しかし終わらない。さらなる槍が現れる。


「なんだよそれ」


 これじゃ終わらない。さらに増えていく槍の連撃についに刃が腕を掠めてしまった。


「くうっ!」


 痛みに顔が引きつりその隙に背後の槍が襲う。それを躱すも腹を切られてしまう。


「ぐッ」


 最後に正面から槍が飛ぶのを顔を逸らしてやり過ごすも頬は裂け地面を転がっていった。


「うっ!」

「沙城さぁん!」


 出血が制服を赤く染め頬の裂創が顔に赤い一筋を描いていく。彼女は立ち上がろうとするも血が流れる体は痛々しい。

 まずい。このままじゃ沙城さんが。


 彼女は天志を支えに立ち上がっていく。けれどその表情は辛そうで、なにかしなければと思うのにどうすればいいのか分からない。ただ焦りだけが空回りしていく。


「大丈夫。聖治君は戦わなくていいから」


 なのに、彼女は俺を見て笑っていた。痛みに引きつった表情を無理矢理笑顔に変えて。


「でも、そう言ったって!」


 彼女は三つも怪我をしている。血だって出てるんだ、これ以上続ければ、本当に死んでしまう!


「大丈夫。スパーダにはそれぞれ能力がある。そして」


 沙城さんは気丈にも立ち上がった。垂れた血が地面にシミを作っていく。怪我を負ったにも関わらず、それでも沙城さんの目は諦めていない。


「これが私の力。天志!」


 彼女が叫ぶ。すると刀身が発光した。その優しい光が彼女の怪我を覆うとみるみると治っていく。


「怪我が、治った?」

「これが天志の第一の能力。だから大丈夫」


 沙城さんは俺にウインクする。しかしすぐに表情を引き締め男に向き直ると戦っていった。

 男の振るう槍と彼女の桃色の刀がぶつかる。戦っているんだ、俺のために。さっき言っていたじゃないか、俺を守ると。


 それなのに、俺はなにをしている? 彼女が必死に戦っているのにバカみたいに見ているだけなのか?


『ずっと一緒だ、香織。約束するよ』

「!?」


 なんだ今の、一瞬記憶みたいなのが。

 脳裏に一瞬なにかが過るがその時も沙城さんは戦っている。

 そこで新たな槍が現れた。背後から彼女を狙っている。

 このままでは、やられる!


「うおおおお!」


 気づけば駆け出していた。俺はなにをしている? 俺が出たところでどうにかなるはずがない。

 だけどここで助けないと駄目だと思ったんだ。心よりも深い場所、魂が叫ぶように!


 ――最後に、君だけは救ってみせる!


 知らない思いが体を動かし、俺は彼女を突き飛ばした。


「聖治君!?」


 彼女は地面に倒れ槍から外れる。代わりに目の前に槍が迫ってきた。

 走馬灯。それが本当にあるのなら今がそうなんだろう。俺に真っすぐ迫る槍が止まったように見える。終わりなのか? ここで? 


 その時、手元が輝いた。さらに頭に名前が浮かぶ。


 俺はなにかを忘れている、そんな焦燥感がずっとあった。だけどこの時その扉が少しだけ開かれて、漏れ出した光の中に名前を叫ぶ。


「スパーダ」


 知らないはずの、愛剣を。


「シンクロス!」


 俺が叫ぶと同時に光と共に出現する剣、それを手に取り迫りくる槍を叩き落とした。


「聖治君がスパーダを……もしかして記憶が?」


 槍が地面に転がりカランと音を立てる。俺はゆっくりと剣(それ)を持ち上げた。


 スパーダ、シンクロス。それは黄色い剣だった。刀身が黄色に染まりその形は十字架に似ている。ゴシック調の十字架を模したペンダントのような煌びやかさ。一部鍔の部分が欠けている不完全な十字架ではあるがしかし、刀身は本物であり黄色に輝いている。


 名前を日本語読みすれば新たなる苦難の道か。かの男性が十字架を背負って丘を歩いたように。これが持つ輝きとは裏腹にそこには逃れられない宿命のようなものを感じさせる。


『――。絶対に助けてやるからな』


 その時、俺の脳裏にまたも過る。知らない風景、知らない場所。知らない記憶。なのに。


 こんなにも、胸を抉る。


 シンクロスの柄を握りしめる。その感触、それをなぜか懐かしく思う。俺はこれを知っている、それどころか使うのも初めてじゃない。何度も何度も、俺はこれを使ってきた。


「やる気になったか」


 男がつぶやく。左手は封じたまま立つも依然とその右手には槍が握られている。さらに背後には何本もの槍が浮かび発射の合図を待っていた。


 俺は両手でシンクロスを構える。絶体絶命のピンチ。だけどなんでだろう。

 やれる。戦うのは、初めてじゃない!


 管理人と名乗る男が前に出た。槍の攻撃は大振りで受け止めるも衝撃で指が壊れそう。防戦一方、痛みだけが積み上がる。

 ついには痺れた手から剣が放れてしまった。その隙を管理人は見逃さない。


「聖治君!」

「聖治!」

「聖治くぅん!」


 みんなからの声、それが危険を知らせる。


 このままでは殺される。武器は落ち手はろくに動かない。

 けれど戦える。これの使い方を。記憶じゃない、魂が覚えている!


「こい、シンクロス!」


 敵の攻撃が当たる直前。地面に落ちたシンクロスが一人でに動き出す。それは宙を走って攻撃を防いでいた。今もシンクロスは宙に浮き管理人の刃を受け止めている。


 それは遠隔操作。これは俺が念じれば操作できる。出し入れ可能なように、自分の意思で操れるんだ。


「ほう」


 その光景に管理人が珍しく声を漏らす。対して沙城さんは驚いていた。


「スパーダを、操ってる。やっぱり記憶が」


 管理人は一足で大きく距離を取り俺の周りに槍を出現させる。来るか、四本の槍! それらが次々と迫る。


 シンクロスを念じて正面の一投を撃ち落とす。左右から来るのも切り裂き両手に持ち変えると背後から来る槍を叩き落とした。


「すごい!」


 手を放れたシンクロスが俺の周囲を回転しながら泳いでいく。それは純粋な剣士としての戦い方じゃない。だけどなんだっていい。こいつを倒せるなら!


 俺はシンクロスを右側に置き回転する。みるみると速度を上げていき暴力的な風切り音を響かせる。もし触れようものなら一瞬で指が吹き飛ぶ勢いだ。


 管理人の槍が飛びそれを回転したシンクロスで迎撃する。いける!

 俺は走り腕を振るった。回転したシンクロスが男の顔に迫る。

 槍をも切り裂く回転した剣、これで決めてやる!

 決死の思いで出した一撃。


 しかし空間から現れた槍がシンクロスを防いできた。何本も交わり最初の一本は斬れたが次で止まっている。


 空間から槍を出して操る能力、それを攻撃ではなく防御として使ってきた。くそ、実戦慣れしている。強い!

 お返しとばかりに別の槍が迫り俺はシンクロスを手元に再度出現させ弾いた。


「く」


 なんとか防げてる。だけどそれだけだ、相手には一撃も与えられていない。剣を操って戦っているもののこれからどうするか。


 死に直結する緊張の中汗が額を流れていく。

 管理人の槍がまたも飛んでくる。すぐにシンクロスで打ち落とそうとするが、その前に槍は叩かれ地面へと落ちていた。


「自分だけカッコつけんな、俺たちもいるんだよ」

「うん、ぼくも戦うよ」

「え」


 そこには星都と力也が立っていた。二人とも剣を持って。星都は水色の機械的な剣、力也は緑の大剣を。切ったのは星都だろうか、だけど速すぎて全然見えなかった。


 俺と星都、力也、そして沙城さんが並んでいく。それぞれが自分の剣を持って。四本の刀剣が管理人に向けられた。


「俺が全員殺しては意味がない」


 そう言うと管理人は出現させていた槍をすべて消していった。


「だが臆病者はその限りではない。その剣、向ける先を間違えないことだ」


 膨らんでいた戦意は収まっていくがこの男が発する存在感の大きさはそのままだ。すぐにでも攻撃されかねない、油断のなさにみんな剣を向け続けている。


「セブンスソードは始まった、あとはお前たちの問題だ。新たな団長、新たな時代のために」


 管理人の背後が揺れている。そこだけ空間が水あめみたいだ。


「戦え、最後の一人になるまでな」


 そして消えていった。管理人が通ると空間は元に戻り全身を覆っていた威圧感からようやく解放される。

 なんだったんだあれは。とりあえずいなくなったので念じることでシンクロスは消しておく。


「あいつはいったい」


 なにがなんだか分からない。いきなり現れては襲ってくるし。俺は俺でスパーダとかいう剣を取り出すし。


「聖治君、大丈夫?」


 沙城さんが俺のところにやってくる。その目は心配そうに俺を見つめていた。


「怪我はない? あったら言って、私なら治せるから」

「大丈夫、まだ手は痺れるけど怪我はないよ」


 俺も沙城さんも無事だ。そのことにホッとする。

 しかしだ、それはそれとして聞きたいことは山ほどある。


「沙城さん、教えてくれ。俺にはなにがなんだか分からない。いったいなにが起きてるんだ? あいつは? 俺はいったい」


 今まさに殺されかけた。それだけじゃない、いろいろありすぎて混乱している。

 沙城さんは複雑な表情を見せ、それでも俺の目を真っすぐ見返した。


「始まったんだよ、スパーダを奪い合う七人の殺し合い。セブンスソードが」


 セブンスソード。その言葉が彼女の口から出たことにショックを受ける。あれは聞き間違いでも勘違いでもない、紛れもない事実だったのか。


「説明するね、君は魔卿騎士団が用意した儀式に選ばれた者、スパーダなんだよ」

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