第3話 まさかの恋人登場!?

 それからホームルームは終わり沙城さんの周りには人が集まっている。それは転校生なので分かるのだがどういうわけか俺の机にも一名、それも超不機嫌なやつに詰め寄られていた。


「どういうことなんだよ!」

「落ち着け、俺だって謎だ」


 星都がなにを憤慨しているのか、さすがに俺だって分かる。だが知りたいのは俺も同じだ。


「なんだよ、知り合いじゃねえのか?」

「知らん。完全初対面だ」

「ともかくお前のことちょっと嫌いになったわ」

「なんでだよ!」


 俺たちはそっと沙城さんを見つめてみる。人垣の隙間から彼女のピンク色の髪が見えた。


「人気だな」

「あれだけ可愛けりゃなあ」

「俺が転校してきた時はあんなじゃなかったぞ」

「残念だったな聖治、お前は美少女じゃない」


 集まっているのは女子だが明るい性格だからか打ち解けているのが分かる。時折笑い声が聞こえてきた。


「あの、みんなちょっとごめんね」


 そこで沙城さんが立ち上がる。集まってくれたクラスメイトを申し訳なさそうに掻き分け俺のところへとやってきた。


「おいおいおい、近づいてくるぞ!」

「知らん。なあ星都どうすればいい? 俺どうすればいいんだ!?」

「知るか、死ね!」


 小声でわちゃわちゃ話していると沙城さんは正面までやって来ていた。


「聖治君、その、久しぶりだね。良かったぁ」


 はあ~~~~~~~????????


 俺の机の前に立つ彼女を見上げる。大きな瞳は本当に可愛らしくて彼女はどこかホッとしたような表情だ。けれど俺には面識の記憶がない。


「今いいかな? ほら、二人で話しない?」

「え? でも一限目が」

「もーう、聖治君は真面目なんだから。それは分かるけど、ね?」


 そう言って沙城さんはウインクをしてきた。その仕草にドキリとしてしまう。

 なにやら大事な話っぽい。ここまで言われて断るのもあれだよな。

 みんなが見守る中俺たちは教室を出ていく。めっちゃ気まずい。あと星都、そんなに睨むなよ。


 それで来たのは屋上だった。ここは生徒たちに解放されており椅子なんかも置いてある。とはいえ授業直前のこの時間では俺たちしかいない。


 ガシャンと重い鉄扉が閉まる。文字通りの二人きり。沙城さんは俺と話がしたいようだがそもそもどうして俺のことを知っているんだろう。これだけはっきりしていて人違いはないよな。


 緊張して彼女を見る。彼女は前を歩いているので今は後ろ姿が見えふわりとした髪が風に小さく揺れていた。

 すると彼女はくるりと回り俺に正面を向けてくる。

 なんだろう、ふとこの子をどこかで知っているような気がした。でもそれが思い出せない。


 すると沙城さんが小走りで近づいてくる。みるみると距離がなくなっていき、さらに近づいてくる。いや、それ以上近づかれると!

 彼女の体が密着し、顔が近づく。突然のことに体が金縛りにあったかのように動かない。


 気づいた時には、唇が重なっていた。

 時間が止まる。そう錯覚するほどで、体は固まるのに唇だけは彼女の柔らかさを敏感に感じていた。


 どういう……。これは……。

 それから彼女が顔を離していく。


「良かったぁ、心配したんだよ。ずっと離れ離れでさ、すっごく寂しかったんだから」


 俺の混乱を余所に彼女は嬉しそうに抱きついている。


「でもいい、こうして会えたから」


 彼女は、救われたようにそう言ったんだ。

 満面の笑みが俺を見上げる。一点の曇りもない幸せそうな顔。けれどその表情に陰が差す。


「聖治君? どったの?」


 彼女が疑問符を浮かべている。そりゃそうだろう、彼女は嬉しそうだが反対に俺は初対面の女の子にいきなりキスされたんだぞ。頭がフリーズして顔面の表情筋が固まっている。


「いや、えっと」


 言葉に詰まる。どういうことだこれは。が、はっきり言わないと駄目だろう。これ以上は彼女を騙すことになる。すげー言いにくいけど、言うしかない!


「その、実はなんだけど。とても言いにくいんだけどさ。俺は君のことを知らないんだ」

「は?」


 驚いて俺から離れる。だよな、そうだよな。そういう反応になるよな。


「その、ごめん! もしかしてどこかで会ってた? それなら本当にごめん! でも、俺は君のこと知らなくて、初対面だと思うんだけど……?」

「えっと、え!?」


 頭を下げる。なにやら誤解しているか、もしかしたら俺に落ち度があったかもしれない。キスまでしてしまった後でこんなことを言われても手遅れだよな。

 大丈夫かな、恐る恐る顔を上げてみる。


 彼女は両目に涙を浮かべていた。そんなに!?


「う、うううう!」


 本当に泣き出した!


「うええええん!」


 本格的に泣いている! どうしよう、どうすればいいんだ俺!? 


「なんでそんなこと言うの? 私のこと嫌いになっちゃったの!? 私なんでも直すよ!」

「いや、そうじゃなくて。本当に知らないんだよ」


 そうは言ってもすぐに落ち着けるはずもなく彼女が泣き止むまで待つことにした。沙城さんは涙をふき取っている。


 俺は彼女のことを知らない。だけど沙城さんは俺のことを知っていて、俺が知らないと言うと涙まで流したんだ。

 彼女にとって、俺はとても大切な存在だったんだろうな。

 しばらくして沙城さんは泣き止んでくれた。それを見計らって話していく。


「一応確認というか自己紹介するけど、俺は剣島聖治(けんじませいじ)だ」

「うん、合ってる」


 合ってちゃったか。


「聖治君は覚えてないの、私のこと?」

「うーん……ごめん」


 彼女には悪いと思う。だけど何度考えてみても彼女のことは思い出せない。


「そんな……嘘だよね!?」

「うお!」


 それで言うのだが沙城さんは詰め寄ってきた。


「聖治君が私のこと忘れるなんてそんなの駄目だよ! 私だよ、沙城香織。付き合ってたじゃん。どんな時も一緒にいたし君を忘れたこと一瞬たりともないんだよ!」

「そんなこと言われても!」


 すげーグイグイくるんだけど! 


「思い出してよ! ほんとに分からないの? 一緒に頑張ったじゃん、お話だってたくさんしたし。歩くときは車道側をいつも歩いてくれて~待ち合わせはいつも先にいて私の愚痴を延々聞いてくれたし~。忘れるなんてあり得ないよ、友達に聖治君が彼氏だって何度も自慢しちゃったもん!」

「知らないよ。てかほんとかそれ、捏造入ってないか?」

「ほんとだもおおおおん!」


 彼女の中にいる俺のイメージ像かなり作ってない?


「聖治君の写真何枚も持ってる。友達と話してるところとか一人で夕日を見てるところとか百枚近く撮ったもん。まあ、付き合う前から盗撮してたからそれだけあるっていうのもあるけど」

「は?」 


 沙城さんが俺から離れる。


「ごめん、今のは全部嘘。全部忘れて」


 なあ、本当にこの子大丈夫? なんか別の感情沸いてきたんだが。

 最初は申し訳なさとか悪い気がしていたんだけど今は可哀そうな気持ちになってくる。


「なにその目!?」


 バレた。それで彼女は一旦俺から距離を置くと背中を向けなにやらつぶやいている。


「跳躍の影響? それか騎士団の工作? まさか裏切り者が? 二本のロストスパーダって、それのせいで」

「あのー、沙城さん?」


 彼女の言っていることはあまり聞き取れない。なんの話をしているんだろうか。

 沙城さんはなにか考えているようだが振り返る。


「ねえ聖治君、聖治君はスパーダって聞いて、思い出すことはある?」

「スパーダ?」


 いや。なんだろうな、車か? それか楽器かな? 駄目だ、全然察しがつかない。


「悪いんだけど君の言ってることは最初から最後まで分からない。唯一理解できたのは前から俺を盗撮してたってことだけだ」

「それ一番いらない情報!」


 そうなんだろうけどそれしか分からなかったんだよ!


「とりあえずもう授業が始まってるから、続きはあとで聞くから戻ろうぜ?」

「待って聖治君! 置いてかないで~!」


 そんなこんなで転校生、沙城香織との学校生活が始まった。遅れてきた俺たちを教師が叱りみんなからは冷たい目で見られていく。なんて日だ。

 居心地の悪い授業が終わるが、すると朝挨拶をしてくれた女子数人が俺のところへやってきた。


「聖治君、さっき沙城さんとなにを話してたの?」

「聖治君と沙城さんって知り合い? どういう関係なのか聞いてもいい?」


 返答に困る質問だ。どう答えればいいものか。正直に知らない人って言ってもいいのかこれ?


「あの!」


 すると沙城さんが席から立ち上がり俺のところへと慌ててやって来た。


「あのあのあの~えっと~!」


 手をバタバタ動かし目線を左右に振りどうしたものかと考えている。彼女も相当困ってるな。それがぴたりと止まり覚悟を決めたように女子たちを見た。


「実はね、私と聖治君はずっと前から付き合ってたんだ。自慢の彼ピなんです~」

「え!?」

「えええええ!」


 瞬間教室中がざわついた。


「沙城さん!? ちょっと」

「もーう、聖治君たら沙城さんなんて他人行儀だぞ? 前みたいに香織って呼んでよ~、私と聖治君の仲じゃない」


 いやそんな仲知らないが!


「聖治君、本当なの?」

「えっと」

「本当なんです」


 なんで君が答えるの!?

 沙城さんがそう言うものだから女子たちは嫌そうな顔をしながら離れていった。

 それで沙城さんは胸を撫で下ろすがその次には表情に気合を入れている。


「ふう。この時代には女の子がたくさんいるからな。でもでも! 聖治君は私が守護(まも)らなきゃ!」


 この人なに言ってるの?


「なあ、今の話ほんとかよ?」

「聖治君おめでとう、ぼく知らなかったんだなぁ」

「ちょっと待ってくれよ!」


 この騒動を聞きつけ星都と力也もやってくる。


「その、なんていうか、違うんだ。これは彼女が勝手に言ってることで」

「は? こわ」

「実は、聖治君は記憶を喪失してるみたいで私のことを忘れてしまったようなの。昔はあんなに一緒だったのに」

「え、そういう子なの?」


 あの星都がドン引きしている。


「よかったな聖治、交際おめでとう。こいつはお前が責任もって付き合ってくれ」

「なんでだよ! お前だろワンチャンあるとか言って期待してたやつ」

「そういうことなら心置きなく譲るわ」

「お幸せになんだなぁ」

「違う! 止めてくれ~!」

「聖治君、これからも恋人だよ?」


 おいおい、どうなるんだよ俺の学校生活。いきなり彼女が出来るとか想定外過ぎるだろ!

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