第一章 転校生
第2話 初対面?
なにかを忘れている気がする。
登校中、俺、剣島聖治(けんじませいじ)は青空に目を向けていた。そこに答えを求めるように。
なにか大事なことを忘れている。そんな感覚がずっとあって、それは忘れてはいけないことなのにそれがなにかを思出せない。
どうやったらこれを思い出せるのか。それをずっと探していた。
「おい、聖治(せいじ)。なにボケっとしてんだよ」
振り返えれば友人の皆森星都(みなもりせいと)が呆れた顔で見つめている。俺と同じ湊(みなと)高校に通うクラスメートで高校二年生だ。学生寮で暮らしているという共通点もありこうして一緒に登校している。
くせっ毛のある銀髪をした悪い笑顔が似合うムードメーカー。単におもしろいこと好きなんだが軽口で場をひっかき回すものだからそんな印象がある。
「なんだよその目は」
「いや、なにアンニュイなツラして空眺めてるんだよ。俺たちは元気いっぱいなティーンエイジャーだぜ? なあ力也」
「え、ぼくぅ?」
そう話を振る相手は星都の隣を歩く織田力也(おだりきや)だ。クラスメイトで彼も学生寮の一員だ。俺が身長173、星都が170でそこそこある方だが力也は187センチという長身だ。短く切った黒髪で大柄な体格をしているが性格は優しくゆるやかな言動なため怖い印象はまったくない。むしろこんなにも体が大きいのに臆病なくらいだ。熊というよりでかいハムスターに見える。
「そうだよ、おかしいだろ。まだ朝の七時半だぜ? 黄昏れるには早すぎるだろ」
「ぼくは別にどっちでもいいと思うんだよなぁ」
「そうだそうだ、むしろお前こそこんな朝っぱらからなんでそんなに元気なんだよ。なあ星都、お前献血でもして干からびてこいよ」
「辛辣ぅうう!」
星都が青空に吠えている。
「お前、たまにえぐいこと言うよな」
「いや、その有り余っている元気を有効活用できないかなって」
「だからといってなんで血を捧げるんだよ! 誰か助けてくれ、サイコパスだぁあ!」
「おい! 何言ってんだお前!」
星都が大声で言うものだから通学路を歩く他の生徒が見てくる。逃げ出す星都を慌てて追いかけた。くそ、笑いながら走りやがって! そんな俺たちを見て力也は困ったように笑っていた。
テレビを点ければニュース番組で様々なことを伝えている。どこかの町で交通事故が起きたとか政治がどうだとか。
けれど自分が気になったのは今日の天気予報だけだった。
西暦2019年、〇△月15日。今日も何気ない一日が始まっていく。
それから教室に着き自分の席に向かう。その際近くを通る女子と目が合った。
「聖治君おはよう」
「ああ、おはよう」
ニコっと笑ってくれるので俺も合わせて笑う。特別仲がいいというわけではないが同じクラスメイトだからだろう。他の女子からも朝の挨拶を受け笑顔で返していく。俺が離れていくと女子たちは集まりキャッキャとなにやら楽しそうに話していた。
そうして席に着く。カバンから教科書類を机に入れていると星都が近づいてきた。
「相変わらずだなてめーは」
「なんのことだ」
いきなりなんなんだ、まったく意味が分からんぞ。
「なあ、それ本気で言ってるのか? ああいい、答えるな。聞きたくなくなった」
いったいなんなんだ、答えを出さずに勝手に終わるなよ。
「それよりも聞いたかよ」
「聞いた」
「ゲエー。まだなにも言ってねえだろ!」
「ごめん。それでなんだよ」
「それがよ、なんでも転校生が来るらしいぜ?」
「転校生?」
星都はにやにやと笑みを浮かべている。よっぽどその転校生というのが気になるようだ。
転校生か。でもそんな時期でもないけどな。
「なんでも今日来るらしいぜ。佐々木が職員室でブルマンと話してるのを見たんだってさ」
ブルマンというのは担任教師の青山先生のことだ。ブルーマウンテンでブルマン。
「それでよぉ……」
「んだよ、近いぞ」
星都が顔を近づけてくる。
「これは佐々木が言ってたんだけどよ、その子、めっちゃくちゃかわいいらしいぜ?」
星都はまるでアイドルに会えるかのように興奮している。
「ということは女の子か」
「当たり前だろ! これはチャンスだ、俺にもようやく春が来るかもしれん!」
「気が早いだろ。まだ会ったことも見たこともないんだろ?」
「可愛けりゃいいんだよ!」
「お前なあ」
気持ちは分からなくもないが、その子だって相手を選ぶ自由はあるんだし迷惑なことはするなよ? まあ星都ならそこまではしないだろうが。
「お前と違ってなあ! 俺たちにはチャンスが少ないんだ!」
なんのこっちゃ。
そうこうしていると予鈴がなりホームルームの時間になる。転校生の話題で盛り上がっていたみんなが一斉に自分の席に向かっていった。
それと同じくらいのタイミングで扉が開く。
「みんなー、席に着けー」
男性教師であるブルマンが入るなりみんなに呼びかける。
「えー、今日はみんなに新しいクラスメイトの紹介があるぞ」
噂はほんとうだったのか。みんなも口を揃えておーと言っている。
「それじゃあ入ってきて」
先生の声に合わせ扉が開く。みんなの視線が集中し俺もどんな子かそれとなく見てしまう。
「失礼します」
ついに噂の転校生の登場だ。その登場に男子からは歓声が漏れる。なるほど、みんなが興奮するのも分かる。
柔らかで明るい桃色の長髪が歩調に合わせ揺れている。体つきはスレンダーで背筋よく歩く姿はそれだけでアイドルのようだ。それかちょっとギャルっぽい? 雰囲気は明るく華がある。
彼女が教壇の前に立ち正面がこちらに向く。その瞳は愛くるしい形をしておりうっすらと笑みを浮かべていた。
確かに。噂に違わぬ美少女だ。俺だけでなく男子のほぼ全員が彼女に瞳を奪われている。
ブルマンが黒板に彼女の名前を書き込んでいく。そこには沙城香織(さじょうかおり)と書かれていた。
「それじゃあ沙城さん、みんなに自己紹介してくれるかな」
「はい」
先生に促され彼女、沙城香織さんが今一度背筋を正す。
「今日からここの生徒になります、沙城香織です。よろしくお願いします」
明るく、ハキハキとした声が教室に広がる。それから小さくお辞儀をしみんなからも拍手を送り彼女はほっとしたように顔を上げていた。これから一緒に過ごすことになるみんなを見渡している。
「あ」
ん? 俺を見ている? さすがに違うか。目が合ったと思ったがそんなはずがない。
「聖治君!」
「え!?」
なに、なになになに? 俺のこと知ってるの!?
両隣りが俺のことを見てくるが俺だって知らないぞ。だというのに彼女は今度は小さく手まで振ってるし。
どういうことだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます