【百合短編】歳の差なんて関係ないでしょう?

やきいもほくほく

第1話

ユウナお姉さん×リコちゃん





「おっきくなったらね!リコね、ユウナお姉ちゃんのお嫁さんになるー!」



(どこで覚えて来たんだ、そんな言葉……)


けれど此方の心臓を射抜くには充分の威力を持っていた。

何故今自分がビデオカメラを持っていないのか、または手元にあるスマートフォンでムービー撮影を行わなかったのかを激しく後悔している所だ。


この世で一番可愛い……いや、勿論目に入れても痛くない愛しい少女に結婚を申し込んでから早一年が経とうとしていた。


今まで普通に男性と付き合っていた。

どちらかといえばイケメンが好きだし、身長も収入も有るに越したことはない。

それに女性を恋愛対象に思った事は人生で一度としてなかった。



ーーーけれど天使は居たのだ。



引っ越しをした次の日。

仕事終わりに一応、両隣り位には挨拶しておくかと適当に買った菓子折りを持ってインターホンを押した時だった。


バタバタと忙しない足音。


ガチャリと鍵が開きドアから見えた小さな子供。

なんだ隣に子供がいるのかよ昼間から煩いのは勘弁してくれ……そんな性格の悪い思考が頭に過ぎった時の事だった。



「…………だれ?」



目が合った瞬間……持っていた菓子折りはコンクリートへ一直線。

目の前の子供は「あーあ、落ちちゃった」と声を出す。


しかし、そんなことはどうでもよかった。

さらさらとした柔らかそうな黒髪に零れんばかりの大きな瞳は不安そうに揺れていた。

可愛らしいパジャマを着て、此方を上目遣いに見ている。

尖らせた小さな口に釘付けになり身体に電流が走る。


この時、思ったのだ。


運命はあるのだと……!


今までは運命なんて現実味のない言葉は信じていなかったし、そんな下らない事を言う奴がいればコイツ頭沸いているな……ぐらいにしか思わなかったが、まさか自分が体験する羽目になるとは。


けれど心に強く決めたのだ。


(…………結婚しよう)


それからの行動は自分でも驚く程に早かった。


「はいはーい」とスリッパの音を立てて玄関へ来たのはこの子の母親だろう。

落ちてしまった菓子折りを拾い上げ……



開口一番



「お嬢さんを嫁に下さい。絶対に幸せにします」



深々とお辞儀をするスーツを着た女……。

何の説明もなしに突然の出来事は衝撃だったろう。

返ってきた言葉は「すみません、失礼な事を聞きますが女性ですよね……?」だった。


その言葉に力強く頷いた。

普通に考えれば当然の反応だろう。

言葉が返って来ただけマシだったと思う。


ドアが閉められて警察を呼ばれてもおかしくない不審者だ。


諦めずに「娘さんを私に下さい」と、改めて言い直せば「あらあら、取りあえず上がってくださいな」そう言われて部屋の中に案内された。


ソファに子供の父親を発見して、直ぐさま頭を下げてから玄関で言った言葉と同じことを繰り返す。

横で持ってきた菓子を開けようと必死で格闘している天使が可愛くて仕方ない。



「ははは、どうしようか。リコ」


「なーに、お菓子たべていい?」


「明日にしようね。そこのお姉さんがね、リコと結婚したいんだって」



リコと呼ばれた天使、もとい未来の嫁は首をかしげて考えるような素振りを見せた。


(可愛い……とても可愛い)


暫く待っていれば考えが行き着いたのか……。



「美人だし、いいよ!」



と、此方を見ながら笑った天使。

両親は「リコがいいと言うなら」と、笑顔で許可を出してくれたのだった。



それからリコとは清い交際を続けているのだが……。



「ねぇ…………仕事場で動画見ながらニヤニヤするの本当にやめて気持ち悪い。しかも何回目?何回再生すれば気が済むの!?」


「うるっさいわね……神聖な回想が邪魔された。ふざけるな」


「…………恐ろしいよねぇ、変態の領域を遂に超えたよ……ユウナもユウナだけど、リコちゃんの両親も頭大丈夫?」


「大丈夫に決まってるでしょう?意味の分からない事を言わないで!彼らはリコという天使を生み出した神なんだから!分かる……?」


「…………うん、ごめん。何も分からない」



一流企業に勤めている完璧と名高い女。

近寄り難い雰囲気がある程に美人で仕事が出来る。

本人が望めば、超優良物件とも付き合える女が彼氏も作らずに何をしているのかと思っていた。


それが一年前「一目惚れをしたわ」と惚けたような顔に、ついに良い男でも見つけたかと思えば……。



「リコちゃん……天使。最高……マジ、やべぇ」



(…………お前がやべぇよ)


大人の女性ならば、まだ良かった。

いや、多少の驚きがあったが受け入れられた。


しかし"好きな人"の写真を見せてもらった時には何度も目を擦った。


同性で、しかも年下でランドセルを背負っている少女に、会っていきなりプロポーズしたそうだ。


それには驚きを通り越して言葉が出なかった。

しかし危ない道へと片足を突っ込んだ同僚を止める術はなかった。


一度「お前……ヤバい奴じゃん」と口から漏れた事があった。

その時は視線で射殺されるかと思ったが「馬鹿を言わないで!十八歳までは手は出さないって心に決めているから大丈夫よ」と、真剣に答える姿を見て、もう手遅れだと思った。


その後、聞こえてきたのは「我慢できるかしら……」という応援できない言葉を聞き流すのに必死になった日のことを今にも鮮明に思い出せる。


早く忘れたい過去だ。



「どうでもいいけど、早く仕事しなよ……」


「聞いた……?ユウナお姉ちゃんのお嫁さんになるって……もう!可愛いなッ」



対処法は無視である。


自分の世界に入り込んで、恍惚とした気持ち悪い表情を浮かべながら何十回も同じ動画を流している超美人。


ユウナと「付き合いたい」と言っている男達に今すぐ見せてやりたい。

この女に憧れという夢を見るのはやめた方がいいと現実を教えてあげたいと思った。マジで。



「今日は定時に上がるわ。あとは任せた」


「えーっ!なんで!?」


「部長にはもう伝えてあるから。今日の為に死ぬほど仕事したんだから」



さっさと帰り支度を済ませるユウナを見て机に塞ぎ込む。

今日は残業を覚悟していたのに……まさか定時に上がるとは。

しかも、この日だけは何があっても帰ると上司に許可を貰っている。


まさに執念。


ユウナのリコへの気持ちは計り知れないと思いながら仕方なく手を動かした。

大抵、この女の日常に何かあるとしたらリコが絡んでいるとみて間違いない。



「今日はリコちゃんと何をするの?」


「ご飯を食べるのよ。時間が惜しい……さらば」



時計をチラリと見ると早足で去って行く。

社内では恋人が出来たのではと噂になり、ユウナを狙っていた男達が押し寄せて来たこともあった。

まさか「ランドセル背負った可愛いらしい少女だよ」とは口が裂けても言えなかった。


明日、耳が痛くなるほど聞かされるであろう"リコちゃん"の話を想像しながら、いつもより楽しそうな背中を見送った。





「ッ、リコちゃん……!」


「ユウナお姉ちゃん!おかえりなさいっ」



パタパタと駆け寄ってくる可愛い少女。

今まで溜まっていた仕事の疲れなど、一瞬にして吹き飛んでしまった。


帰りを待っていてくれたのだろう。

マンションの外にリコの母親と一緒に出ていたのだ。


月に一度、リコと二人で外食する許可を取り、ファミレスデートをしているのだ。

毎月、外食出来る日を楽しみにしているらしい。



「早く行こうっ!」



リコの母に挨拶をして、小さな手を握り歩き始める。

一応デートを認識しているのか、前に「ユウナお姉ちゃんとのデートは、ドキドキする!」と言っていたと、リコの母から教えてもらったことがあった。


それにデートをする時は勝負服を着ていくという知識を付けてからは、お気に入りのワンピースを必ず着てくるようになった。


全てが愛らしい。


また何枚か写真を撮らせてもらおうと考えながらファミレスの中に入る。



「リコちゃん、今日は何にする?」


「えっとね、コレ」



小さな指がメニューを指す。

アニメとコラボしているファミレスはリコのお気に入りだ。

シールとオモチャが貰えるため、ここのお子様ランチをいつも頼んでいる。


ユウナはリコの観察に忙しい為、片手で手早く食べられそうなパスタを選んだ。



「ユウナお姉ちゃん……」


「ん……?どうしたの?」


「……今日ね、学校でね」



料理を待っている間、学校での話を聞いている時だった。

突然しょんぼりし始めたリコに眉を顰める。



「女の子のお嫁さんには、なれないっていわれて……!」


「………!」



じんわり、大きな瞳に滲むものを見て目を見開いた。



「わたしは、ユウナ姉ちゃんのお嫁さんになれないの……っ?」



リコに余計な知識を吹き込み、尚且つ悲しませた友達とやらに躾を施してやりたいくらいだったが、目の前でうるうると瞳を潤ませながら此方を見る顔が犯罪を犯したくなるほどに可愛い可愛い可愛い可愛い……。


(……ジャスティス)


まさか嫁になれないからと涙を浮かべてくれる日がくるとは……こちらが感涙してしまいそうだった。



「……大丈夫よ、リコちゃん」


「え……?」


「たとえ誰が何と言おうと、わたしはリコちゃんを愛してる。あと、方法なんていくらでもあるから大丈夫なの」


「ほんと?」



可愛らしく首を傾げる姿に心臓が持たない。



「そしたらユウナお姉ちゃんのお嫁さんになれるの?」


「安心して……どんな方法を使ってもリコちゃんと結婚するからね?」


「やっぱり、ユウナお姉ちゃんはスゴイね!」


「…………ッ!」


「わたし、ユウナお姉ちゃんの"こいびと"で良かったぁ」


「…………ッッッ!!?」



リコの笑う顔が見れるならば、危ない山の一つや二つ乗り越えてやろうじゃないか。


手始めに同性婚を国に認めさせる所からだと、頭で考えてながらリコの一喜一憂を逃すまいと目に焼き付けていた。






end

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