その4
「これあの、幼龍の煮付けです」
おせちが出るとの噂を聞きつけ、正月の知らん家にお邪魔したが最後、初手から出てきたのは幼龍であった。何だかヒヨコを食べるみたいで罪悪感があるが、良いのだろうか。龍って煮付けで良いのだろうか。
あと『ようりゅう』って本当にこれで合っているのだろうか。
全てが謎であった。
が、お邪魔した側であるからして、いきなり前菜を拒否するのは不自然だ。これ以上の不信感を抱かせると不法侵入を告発される恐れがあるから、私はおずおずと漆塗りの箸を開いて、光を吸い込むほど黒いタレに浸されたそれを摘まんだ。
大きさは、ゆで卵を一回り大きくしたくらいだろうか。
形状は鳥とも龍ともつかず、プレッツェルを拳の内で握り固めたようにボコボコとした楕円体であった。
「――」
私は横目で、これを出してきた赤の他人のおばはんを、見た。
真顔だった。
人をもてなす顔には見えないが、かと言って害意を感じるものでもない、無心。
家に知らんやつが上がり込んで催眠術を行使し、おせちを振る舞えと言われた結果に生じた、虚白の面であった。
もはやその者から、料理の情報を引き出すこと能わず。
ええい!
意気込んで、私は一息にそれを口に呑んだ。
何が起きた?
真っ暗だ。
誰か、明かりを。
言おうとすると、不規則に、視界が上下に開けた。
まるで、視界が巨大な瞼に包まれたようだ。
今もまた、暗闇である。
動悸が激しくなり、深呼吸をしようとしたとき、また視界がうっすらと開けた。
生臭く熱い風に目が乾く。
ぐはっ
息を吐くと曇る視界、乾く角膜。
そこで私は、自分の身に何が起きたのか気づいた。
今。私の目玉は口の中にあるのだ。
なぜそんな事に?
それはまったく分からない。いや、たぶん幼龍の煮付けを食ったからだが、因果の”因”部が未知であるからして、その果てもまた予測しうるものではなく――
クソ。
なぜこんなものを食うたのか。
といえば、こんなおせち料理を作り置いたイカれた家が存在するからに違いなかった。
私は口を全開にして、視界を確保しながら抗議した。
「コラーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
言うと、おばはんは首を動かして仮面のような真顔をこちらに向け、
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
二人分の絶叫が螺旋状に絡まり合って天を駆け上がり、その様はまるで若龍のごたる。
常識破壊文学全集 羽暮/はぐれ @tonnura123
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