その3


 夕焼け小焼けのインストが全土を震わせる中、時刻は午後五時を迎えていた。


「もううんざりだ!」


 いつかそう来ると思っていた。


「ビクトル、このダサいメロディは何だ。作曲家を連れてこい。こいつをぶち込んで16ビートしか刻めない脳にしてやる」

「モスマン博士、草川信は名のある音楽家で、1948年に死亡しています」

「ああそうか、利口だなお前は。まったく腹が立つ」


 両肩にバズーカを背負った白衣の肥満漢が、碁盤目に整備された住宅街をのしのしと歩いてゆく。

 僕の製作者であるこの男、モスマンが苛立つのも無理はない。

 慣れぬ道中。人気もなく、食事も摂らず、趣味でバズーカを背負い、この国でいちばん何の変哲もない辺りをうろついているのだ。

 

 僕の知能に、人をなだめるのに効果的なプログラムが搭載されていればよかったのだが、出で立ちから分かる通り、モスマン博士がそのような心理ケアに気を回す訳がない。

 ゆえに、彼は自らが作った知能と心理的な波長が合わず、より不機嫌になる一方だった。かわいそうだが、為す術はない。

 

 僕らの目的は一つ。

 この区域からの脱出だ。

 

 もう、日が沈んできている。

 ここに到着したのは朝だった。


 ここは歩けども歩けども、がら空きの民家や土産物屋が連なっている無窮の空間に思えた。

 史上最大の空き巣になると息巻いていた博士だったが、酒も食料も腐敗していることに気がつき、金品は手に取った途端に砂粒と化して消えることにも気づくと、すっかりやさぐれて、家々にバズーカをぶっ放して回ったが、ここらの家は戦車より頑丈らしく、窓の一つも割れなかった。


 胸ポケットに大事にしまっていた、カロリーメイトの最後の残骸を噛み終えると、博士は夕焼けの天を振り向いた。

 夕焼け小焼けのインストが響き始める。


「何度目の時報だ」

「431度目です」

「……ほぼ丸三日だな」

「はい。やはり自転速度も通常と異なり、星図も既知のものと微妙に一致しません。この国で10分に1度のペースで時報が鳴るという情報もありません。ただ、太陽光発電については現状問題ありませんから、余力のある僕が探索を行う方がよろしいかと」

「そんな冷静な判断を下す気なら、バズーカなどとうに捨てている」

 

 ふむ。それはそうだ。

 僕は論理学の構造美に感心しながら報告を続けた。


「そこの電波塔ですが、70時間前に確認したものと同じものです。周囲の風景も同時刻と一致します」

「知っている」

「それではご指示を、博士」

「お前の知能に問う。こんなことがあり得るか?」


 僕は0.002秒の思考のもとに答えた。


「ないですね。マジ、絶っ対ない。ありえない。ありえないことが起きた矛盾で実はさっきからエラーが起きていて、その内部処理で、も、大変。も、絶対生きて帰ります。も、たとえこの生命が仮だとしても、も」

「うるさいな」

「すいません」


 博士はしばらく思案しながら、遮光板もなしに夕陽を見つめると、両肩のバズーカをマウントして射撃体勢に移った。


「目標はどうしますか。計測します」

「いらん。的がデカすぎる」


 無反動砲の逆噴射とともに、二条の噴煙が、地平線に隠れる寸前の太陽に向かって飛んでいく。


 ぱおーん!


 日差しに砲弾が突き刺さったように見えた刹那、ゾウの悲痛な鳴き声が辺りに響き渡って、太陽が空中を乱舞し始めた。

 鳴っていた夕焼け小焼けの速度が漸退して、ストレスを感じさせる音調へと変化していく。辺りの住宅が急遽に飛んだり跳ねたり、呼び鈴のような音を立てながら地面に潜ったりして、僕のメモリはエラーでいっぱいになった。


「博士、こ、これは?」

「我々は消化器官の中にいたのだ」

「へい」

 意味が分からなくなり、メモリも足らないので僕は江戸前みたいな事しか言えない。


「恐らく、この生物は寿命を含めたスケールがくだらないほど巨大な為、胃液などを用いず、内臓の中で生物が自然に餓死するのを待つ。知的生命体を無為に疲弊させるため、偽の重力と街路を生み出す構造を作ったのだろう」

「あ、ね」


 僕は前腕のレールライフルを展開し、電池残量の90%を集約することでデータベース参照システムを遮断すると、狂おしく舞う太陽の偏差予測を開始した。

 今ならば把握できる。こいつは胃袋に知覚器官を潜ませ、獲物が死んでいくのを眺めていたのだ。


「撃て」


 博士の指示と共に、太陽を模した眼球か何かの動作予測線へと僕は電極を発射した。正確に突き刺さった電極は避雷針となり、続けてライフルから放たれる電流をまともに浴びる。大気にアーク放電が起こり、住宅街の電線がバツバツと燃え千切れて、世界が崩落した。


 剥がれ落ちた空間の外側に、現実の街路が広がって、ドレミソラからなるのどかな時報が流れている。


 博士がバズーカに装弾し、僕はへし折った電線からエネルギーを再充填してライフルに籠めた。

 祈りにより僕らを封印したであろう、白の祭服に身を包んだ集団がどよめく。太陽を模した紋様の服が、動揺でしわくちゃに乱れていた。


「次の手はないようだ、ビクトル」

「はい、侵略を再開しましょう、博士」

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