第8話 思考の共有――気持ちは言葉で。

 エレベーターが静かに上昇する。目指すは、敵の取引場所であるデラックススイートルームがある45階。その周囲は当然警備も固くなるため、エレベーターのドアが開いたその瞬間から、今までとは比べ物にならない激しい戦闘が始まるだろう。

 亜美花は自らの網膜投影型ディスプレイ(視覚拡張デバイス)の情報に注目する。未来からの情報では、45階のエレベーターホールには見張りの兵が複数おり、部屋に着くまでかなりの人数が配置されているとのことだった。先ほどロビーで使ったような陽動が使えないうえ、いくらサプレッサーを着けていたとしても仲間が撃たれた時点で向こうもこちらの存在にすぐ気付くはずだ。


「未来」と亜美花は通信で声をかけた。すぐに『はい、どうかしましたか?』と未来が応える。


「準備はすでにできている?」


『えぇ、狙撃位置にはすでについています。いつでも大丈夫ですよ』


 敵がエレベーターホールに集まっている中に正面から亜美花が乗り込むのは不利な状況である。完全な待ち伏せをくらう可能性が高いからだ。しかし、敵には一つ誤算があった――それは、このホテルの一つの特徴として、廊下の片側がすべて窓ガラスで覆われているということだった。中から眺めた際には、周囲のノートカムイ・シティの美しい夜景を見ることができるロマンティックな仕様だ。プライベートを配慮してマジックミラーのように外からは何も見えないようにもなっているが、それはつまり、マジックミラーの仕様を無効化できればということだ。


 廊下を一望できる隣のビルの屋上に、現在未来はスタンバイしている。地面に伏せた伏射の姿勢で構えるのはVSS(ヴィントレス)だ。サプレッサー内蔵型の狙撃銃で、9×39mm亜音速弾を使用し、貫通力と静音性を両立させたもの。マガジンには10発装填できる。さらに未来の視覚拡張デバイスには狙撃用の戦闘ソフトウェアと、マジックミラーの効果を無効化するソフトウェアがインストールされている。つまりは、未来からしたら敵の姿が丸見えということだ。現に未来の目には、廊下に立つ見張りの姿がはっきりと見えている。併せて、戦闘ソフトウェアが風向き、風速、距離等から最適解の弾道を計算し、ゲームのように赤いラインで表示されている。あとは、ラインに合わせて狙撃を行えば命中する。至ってシンプルだ。


 「じゃあ未来、いつもの、やるわよ」


『了解です……! よろしくお願いします先輩……!』


 亜美花と未来、最終確認をするかのように言葉を交わし、互いに目を伏せて数秒後――二人は同時に呟いた。


「『ブレインリンク――共有モード!』」


 刹那、お互いの視覚拡張デバイスに変化が起こる。それぞれの視覚の中心部分に、オレンジ色の点が現れたのだ。


 共有モード。

 それは、お互いのブレインリンクの機能を合わせることにより、言葉を交わすことなく瞬時に相手の思考を読み取ることができるもの。一般的なブレインリンクでは個人情報などの観点から、倫理的に禁忌とされており、使用できないよう制限がかけられている。しかしこれは、未来自らがソフトウェアを書き換え制限を解除した後に、戦闘用に改良した特別製だ。これにより得られるのは、息の合った射撃戦。今相方がどの敵を狙おうとしているのかが瞬時に判別することができるため、より効率的に戦闘が行えるのだ。


 ブレインリンクが共有モードになったのを確認した亜美花は、所持していたMP7をワンポイントスリングで吊るす形に変え、空いた両手でヒップホルスターから抜いた二丁のF・Nファイブセブンを構えた。今回は室内戦で敵の数も多い。なるべく手数を多くする作戦だ。拳銃の範囲外の敵は、未来に任せる。

 

 エレベーター内のディスプレイに表示される階数がどんどん上がっていく。もうすぐ決戦の場だ。言葉は交わさない、すでに二人は脳内を共有しているのだから……。


 開戦を知らせる合図のように到着を知らせるベル音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。

そのわずか一瞬だ。

 亜美花は二丁のファイブセブンを構えて即座に連射し、扉の前に立っていたチャイニーズマフィアの男達数人を一瞬にして蜂の巣にした。体感はほんの数秒、男たちは反応して武器を構えることすらできなかった。普通の女子高生には決してできない、ネオギア化した亜美花の両手とブレインリンクによって成せる神業。

 

「カチコミじゃァ!!」


 数メートル先にいた暴力団の男たち4人が気付いて反撃してきた。グロック17、マカロフ拳銃、AK-47、M3サブマシンガンの多種多様な激しい銃声が耳をつんざく。亜美花は両足を開脚しその場に伏せて回避。空を切った銃弾が頭上を通過する。再び二丁のファイブセブンを連射、拳銃とグリースガンを撃ってきた3名に弾丸を叩き込む。


 視界に表示されていたオレンジ色の点が突如、一番奥にいたAK-47の男に重なった――刹那、男の顔から上の半分が吹き飛んだ。未来の狙撃が命中したのだ。亜美花は最初から手前の3人にのみ狙いを絞っていた。その思考を共有モードで瞬時に共有し、残りを未来が片づけたのだ。


 隙を作らないようすぐに立った後、亜美花は全力で走り出す。


「この先には絶対に行かせるナ!」


「死ねゴルァ!!」


 今度はチャイニーズマフィアと暴力団の混合編成6人が待ち受けていた。得物はそれぞれAK-47とその中華性コピー品という、これまた武器も混合編成だ。


 敵が変わろうと、人数が多くなろうとやることは何も変わらない。亜美花が近距離の敵にファイブセブンを連射し、それ以外を未来が外からヴィントレスで狙撃する。二人の息ぴったりなコンビープレーにより、廊下は一瞬で血の池地獄へと変貌する。


 全速力で走る亜美花は目的の部屋のすぐ前まで近づいてきた――その時だった。


「ブチ殺したるぞこのクソアマァッ!!」


 部屋の目の前に立っていた大男が大声をあげながらタックルを仕掛けてきた。スキンヘッドの若いヤクザ風の大男だった。身長は2メートル以上ありそうだが、見た目によらず素早い動きだった。反応が遅れた亜美花はそのまま客室側の壁へと投げ飛ばされた。後頭部と背中を激しく床に打って一瞬息が止まり、意識が飛びそうになる。反射的に両手からのファイブセブンを離してしまう。視界には『後頭部・背面部損傷軽微』『呼吸困難発生』の文字が映り、身体の異常を知らせる。


 大男が殺そうと追撃の右ストレートを放つ。朦朧とする意識を無理矢理覚醒させ、身を低くし紙一重で亜美花はかわす。空を切った拳が壁に穴を空ける――同時に、大男の腕が千切れバラバラとなった。派手な血飛沫が上がる。ヴィントレスの弾丸が命中したのだ。


「卑怯だぞオドレェ!!!」


 右腕を吹き飛ばされても尚、大男は間髪入れずに亜美花を殺そうと左ストレートを出す。鬼の形相の顔に痛みや苦痛を感じている気配がないので、恐らくクスリか何かで感覚が鈍くなっている。


 亜美花は低い姿勢のまま右の前蹴りを放った。大男の腹部に当たるがやはり怯まない。鋼鉄のように硬い身体、ネオギア化を行っていることは明白だった。そこにすぐさま未来の狙撃。大男の心臓部が破裂した。体格差を活かして亜美花が一瞬だけ動きを止め、未来が心臓一点を撃ちぬいたのだ。


 男の血肉と機械の部品が辺り一帯に散らばった。心臓を失った巨人がその場に倒れる。亜美花の顔や衣服は返り血で染まっていた。


『あわわわ……! 先輩本当にごめんなさい……! 先輩の綺麗なお顔にこんな汚い男の血を浴びせてしまうなんて……! 私ッ、なんとお詫びを申し上げたら……!』


 共有モードは続いているはずなのに、未来から通信で言われた。亜美花の状況を察知し、慌てふためいて反射的に声をあげたのだろう。


「いいの、気にしないで。素晴らしい狙撃だったよ、未来」


 少し微笑みながら、気持ちを落ち着かせるような優しい声で亜美花は伝えた。スコープ越しにその表情が見えたのだろう、すぐにいつもの未来に戻った。


『やっぱり……そういう先輩の優しいところ……好きです……』


「何言ってるの、今は仕事中でしょ?」


『は、はい……! そうですね! いつも通りに頑張ります……!』


 脳の情報を共有しているとはいえ、実際に言葉にして伝えることにもとても意味がある。そんな風に亜美花は思っている。


 床に落としたファイブセブン2丁を拾い上げ、再び歩き出す。ほんの一瞬であったが、未来との会話は戦場の中とは思えないほど穏やかな時間であった。


 豪勢なドアの前に着いた亜美花は、息を整える。

 この分厚い扉の先に、敵の親玉がいる。

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武装JKは光の海で幸せになれるのか? 銀将 @ginsyou

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