第10話

 三年生一発目の中間テストの結果はまずまずで、アルトは満足していた。


 五教科とも解答用紙が帰ってきた授業後。アルトはもう一度結果を見返していた。


 苦手な理科も数学も平均点を超えている。川添にも”よくやったな”と褒められた。


 特別勉強ができないということはないし、行きたい高校もないが今回は頑張ろうと思っていたのだ。


 それに、双子とテスト勉強をすることができて楽しかった。いつもは孤独に自宅で机に向かっているので、誰かと頑張ることができて心強かった。


 アルトは解答用紙をクリアファイルに入れ、スクールバッグにしまった。


「今日から部活かー。だる……」


「ドンマイ」


 アルトが帰る準備をしていると、横でそんな声が聞こえた。彼女たちはどちらも、体操服が入っているのであろう袋を持っている。机の上にはバカデカい水筒も。


 テストが終わったので部活が再開となった。アルトは帰宅部なので関係ないが、話したい相手がこれから部活なので慌てて立ち上がった。


 目当ての相手はスクールバッグに荷物を詰めこんでいる。


「テツ、ありがとう。数学の点数、平均超えたよ」


「おーよかったじゃん」


 テツの席に行ってお礼を言うと、彼は得意げな顔になった。


 彼の全体的な成績は微妙だが、数学だけは得意らしい。学年で秀才の生徒よりも点数が高く、タイムでもテツに勝てないと聞いた。


 アルトは数学が大の苦手なので、分からないことがある時はテツを頼っていた。


 憎たらしい口をききがちな彼だが、数学を教える時だけは優しくて分かりやすい。そんなところが女子に人気がある。テスト週間中の休み時間や授業後は、彼の席に女子が集まって講義が開かれていることもある。


 アルトも他の女子に紛れて教えてもらおうとするのだが、テツに”後でな”と席に戻されていた。


『アルトはマンツーマンで教えてやる』


『え、いいの?』


『でなきゃやりづらいだろ。他の女子を押しのけて質問できるタイプじゃないじゃん』


『それは……。そうかも』


 他の女子たちにうらやましがられたが、なんだか申し訳なかった。テツの時間を余計に奪ってしまうのが。


 彼にそう伝えたのだが、”気にするな”と返された。その時の彼は珍しく声が小さく、不自然に消しカスをこねくり回していた。


『俺はちゃんと教えたいし、二人でいたいし……』


『え?』


 聞き返すと、テツは仏頂面でそっぽを向いた。その横顔はほんのり染まっている。部活で思い切り走った後の上気した顔のようだ。


『点数悪かったらぐっちょんが化けて出そうなんだよ! ”せめて50点以上は取れ”って言われてただろ』


『いや桶口おけぐち先生死んでないし異動しただけだし……』


 アルトが訳わからずに冷静に返すと、テツはますますむくれてしまった。


「またいつでも聞きに来いよ」


「うん、ありがと。ミカゲとハルヒもテツに教えてほしいって言ってたから、期末はよろしく」


 そう頼むと、彼はまた口をとがらせた。腕を組んで目を細めている。


 もしかしてこれ以上教える人を増やしたくないのか。アルトはきまり悪そうに視線をそらした。


「ごめん……。宣伝しちゃった」


「別に……。その代わり、修学旅行は同じ班になろうぜ」


「同じ班?」


 テツの言葉に、六時間目の総合の時間を思い出す。班決めするから各々話し合っておけ、と川添が言っていた。


 いつもだったら一人でポツンと余り、華かタイムに声をかけられていただろう。だが、今年はハルヒとミカゲがいる。二人とは以前から同じ班になろうと話していた。


「いいよ、二人にも言っておくね」


「何を誰に言うの?」


「タイム……!?」


 後ろから声がして振り向き、派手に飛び上がるところだった。タイムがスクールバッグを片手に、体操服が入ってるであろうバッグを担いでいる。


「テツ、部活に遅れるよ。テスト明けの川添先生は張り切ってるんだから早く行こう」


「相変わらずだな川添……」


 苦い顔になったテツは嫌々立ち上がると、タイムと同じセットを手にした。アルトに”呼び捨てにしてるの内緒な”と言いながら。


「じゃあな、アルト」


「あ……。部活、頑張ってね」


 席を離れたテツに道を譲ると、タイムがアルトの後ろに立った。半歩でも下がったら彼とぶつかりそうな距離に、アルトは飛び上がってしまいそうなのをこらえた。


「アルト、二人に俺も一緒の班になっていいか聞いておいて」


「タイムも?」


 アルトのことを気遣って班に入れてくれることが多かったが、逆は初めてだ。


 もちろん好きな人と一緒に周りたいので、彼からの申し出は嬉しかった。


「分かっ────」


「大歓迎だよぉ! テツもね!」


 アルトが言い切る前に、ハルヒが承諾した。その後ろにはメガネを光らせたミカゲも。


「いやー楽しくなりそうだね! 三角関係ならぬ四角か────」


 ニヤケ面のハルヒを隅に追いやったミカゲは、テツの手を握った。


「よろしくなテツ君!?」


「ん? おう、弟君」


「弟って呼ぶなぁ!」


 ミカゲの腕に血管が浮いている。肩に力が入っているので、握手をしているというよりは握り潰しているようだ。


 テツの腕も震えており、さらに強く握り返しているらしい。二人とも顔を真っ赤にさせている。


 アルトは隣に並んだハルヒのことを見上げた。


 その横ではタイムがいつものほほえみを浮かべて見守っている。なんとなく優越感が混ざっている気がしたが、おそらく気のせいだろう。


「ありがとう。ハルヒ、ミカゲ。なんか楽しそうだけど……」


「だってアルトを取り巻く男子三人が一緒なんだよ!? 面白くなる気配しかないじゃん!?」


「そうなの?」


 アルトが首をかしげると、ハルヒはにんまりと口角を上げた。


「少女マンガぽくなってきた……! この修学旅行でアルトは誰を選ぶんだろ……。大穴テツ、とかありかも……」


「選ぶ?」


 アルトが首をかしげると、タイムが片手を上げた。


「今度の総合の授業はよろしくね」


 そうしてタイムとテツは教室を出て行った。後者の方は不満を残していたようだったが。


 笑顔で見送ったハルヒは、目を細めている弟にささやいた。


「ねぇミカゲ……。テツもライバルかもよ?」


「そういうのは後にしろ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る