第3話 学園祭とすれ違いの三角形
秋晴れが続くころ、餅学園では学園祭に向けた準備が本格化してきた。
廊下にはポスターが貼られ、どのクラスも模擬店や展示の計画に忙しそうだ。
ノビオのクラスも例外ではなく、装飾の打ち合わせからリハーサルまで何かとやることが多い。
「今年はクラスでお餅スイーツカフェをやることになったんだって」
草太がさらりと話すと、ノビオは「お餅なら大歓迎だけど、俺に何か手伝えることあるのかな」と首を傾げた。
「だって料理クラブで鍛えてるんでしょ? むしろお前が中心で盛り上げたらいいじゃないか」
草太は相変わらずさわやかな香りを振りまく。
運動神経だけじゃなく気配り上手なところが、みんなに好かれる理由なんだろう。
「まぁ…うまくやれるといいけど」
ノビオは自分の弾力が不安定に揺れている気がして、いつも通り気が乗り切らない。
一方、丸餅アンナはやはり人気者らしく、クラスが何をやるか決まった途端、みんなから「ポスターのモデルになってほしい」とか「店頭で接客してほしい」と声をかけられていた。
彼女は困ったように笑いながらも「わたしでよければがんばります」と控えめな姿勢を見せている。
甘く柔らかい香りがクラス全体を和ませ、いつしかアンナは“学園祭のマスコット”のように扱われ始めていた。
そんな空気をよそに、カビコは資料の山をテキパキとまとめている。
「フライヤーはこれで合ってる? あとはポスター貼る場所の許可取りとか…」
角ばった体をさほど揺らさないまま、彼女は冷静に作業をこなしている。
しかしノビオにはわかる。
カビコの表面に微妙な緊張の跡があることを。
「手伝おうか?」
そう声をかけても、カビコは「自分でやるから大丈夫」と言い張るばかりだ。
人に甘えるのが苦手なのか、それとも気持ちに余裕がないのか。
ノビオはそっと距離をとるしかなかった。
放課後、教室に戻ってくると、アンナが大きな模造紙を抱えて立ち尽くしていた。
「どうしたの? それ、みんなで描くポスターだよね」
ノビオが尋ねると、アンナは少し困った顔で紙を揺らす。
「ガクくんが私に“最高のポスター”を描かせるって言ってくれて、でも…まだ書き出しが決まってなくて」
ガクが絡んでいる話だと知ると、ノビオはどこか胸のあたりが引き締まるような気がした。
「なら俺も一緒に考えるよ。ガクは…まだ来てないのか?」
アンナは首を振って、「部活の打ち合わせとかで遅れるって言ってた」と答える。
そこへ、まさに鏡餅のようなオーラをまとったガクが姿を見せた。
高級感あふれる白さと、頭にのったミカンが輝きすぎて、一瞬誰もが目を奪われる。
「おや、二人でポスターの構想を練っているのか。僕も加わるよ」
ガクはわざわざ整えた姿勢を崩さず、アンナの手から模造紙を受け取る。
「せっかくだから、学園祭のメインビジュアルにもしたいと思ってね。アンナさんにはもちろん、僕にもモデルになってもらうつもりだが…どうだろう」
その言葉に、アンナは「え、わたしも? そっか…でもそんな自信はないよ」と返す。
ガクは自慢の光沢をちらつかせるように体を揺らし、「僕が上手くデザインするから大丈夫さ」と得意げに微笑んだ。
ノビオはその様子を見て、じわじわと形が崩れそうになる。
草太はそんな三人の雰囲気を感じ取ったのか、少し離れたところで「あーあ、こりゃちょっと複雑だな」とつぶやく。
運動部の仲間に呼ばれたらしく、「じゃ、俺はグラウンド行くわ」と気まずそうに小走りで出ていった。
どうやら草太も胸に何か引っかかるものがあるらしい。
数日後、学園祭の準備はさらに慌ただしさを増す。
教室では、アンナがカフェのメニュー作りを草太やカビコと一緒に考えていた。
一方、ノビオは料理クラブの活動で忙しく、あべかわ先輩とともに仕込み作業に追われている。
「ノビオ、まだその生地の伸びが甘いぞ。きな粉をまぶすタイミングを間違えると味が落ちるからな」
きな粉餅のあべかわ先輩は、サッカー部でも人気者だが、料理の腕も確かだと評判だ。
ノビオは「すみません」と言いながら、集中して餅の生地を練る。
その夜、ラインでカビコからメッセージが届いた。
「学園祭、絶対に成功させたいから、明日早めに登校して準備しようと思う。もし時間あったら手伝って」
ノビオは少し迷ったが、手伝ってほしいと素直に言われることがめずらしく、なぜかうれしかった。
「わかった。少しでも役に立つなら、俺も行くよ」
そう返信して、布団に入る。
柔らかい体に染み込んだ疲れがじんわりとほどけるように感じる。
そして、学園祭の当日がやってくる。
大きな門に貼られたポスターには、華やかに描かれたガクとアンナのイラストが写っていた。
その脇に小さくノビオが描かれているのに、本人は気づいていない。
クラスのカフェは大盛況で、アンナが接客を担当すると、あっという間に列ができる。
「アンナちゃん、どれにトッピングすればいい?」
「はーい、あんこ追加ですね。ありがとうございます」
ふにゃりと微笑むだけで、客もとろけるように満足していく。
カビコは後ろでドリンク類をサーブしながら、アンナに視線を送っている。
「…ほんとに人気者だな」
その小さなつぶやきを聞いた草太が「まぁ、おいしそうな香りだしね」と苦笑いする。
「今、あなたのドリンクできたから、そこのテーブルに持っていってちょうだい」
カビコが素っ気なく指示を飛ばすと、草太は「へいへい」と運び出していく。
一方、同じクラスの一角で、ガクが盛大なパフォーマンスを計画しているのが見えた。
「僕がステージで朗読劇をやるんだが、その横でアンナさんが踊ってくれれば最高の演出になるだろう」
彼は自慢の光沢をかすかに揺らしながら、周囲を圧倒するように提案している。
アンナは「えっ、わたしが踊るって…そんなの聞いてないよ」と戸惑うが、まわりのクラスメイトは「絶対おもしろいよ」と盛り上がっているようだ。
それを耳にしたノビオはなぜか落ち着かない。
アンナがあんなに引っ張りだこだと、話すきっかけすら作れないからだ。
昼休憩を迎えたころ、カビコが疲れた様子で厨房スペースに戻ってくる。
少し汗ばみ、角餅の四隅がかすかに溶けかけたようにも見えた。
「大丈夫? 休んだほうがいいんじゃないか」
ノビオが声をかけると、彼女は「へーき。これぐらい平気」と顔を背ける。
それでもノビオには、その姿がぎりぎりに見えた。
無理をしているというよりは、何かを押し殺しているような表情が消えない。
外では大きな歓声が上がり、ステージではガクとアンナが注目を浴びているらしい。
「彼女、やっぱりすごいわ。ステージ映えするし、笑顔もかわいいし」
クラスメイトの何気ないつぶやきが、カビコの耳にも届いた。
ノビオは何となく彼女を見やるが、何も言えないままだ。
夕方が近づき、学園祭もクライマックスに差しかかった頃、ガクがクラスの皆に向かって言い放つ。
「アンナさんと一緒に記念写真を撮るブースを増設したい。列ができるのも当然だし、クラスのアピールにもなる」
周りは「さすがガク様」と興奮気味だが、アンナは少し困り顔で「そんな、急すぎるよ」と小声を漏らしている。
カビコは「勝手に決めるなんて」と思わず声を上げかけたが、飲み込むように黙り込んだ。
ノビオもやはり声を出せず、何も言わないまま薄暗くなりつつある教室の空気を感じている。
ここにいる全員の思惑が交錯しているかのような学園祭。
カビコの苦悩も、草太の悩みも、ガクの野望も、ちょっとした歪みを起こしながら大きく渦巻いていく。
アンナの甘い香りに包まれたノビオの気持ちは、ほんのわずかに伸びたかと思えば、またすぐにしぼんでしまう。
そんなもどかしさが胸の奥でもぞついていた。
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